イェスデル

イェスデル：北元を揺るがした簒奪者

イェスデル（1359年 - 1391年）は、モンゴルの第18代皇帝（ハーン）であり、ジョリクト・ハーンとしても知られています。彼はチンギス・カンの孫であるアリク・ブケの血を引いており、ウスハル・ハーン（天元帝トグス・テムル）を弑逆するという大胆な行動で、クビライの王統を一時的に断絶させました。この出来事は、北元時代の幕開けを告げるものでした。

生い立ちと出自

イェスデルの出自には不明な点が多く残されていますが、『華夷訳語』には「アリク・ブケの子孫の大王、イェスデル」と記されており、彼がアリク・ブケの後裔であることがわかります。アリク・ブケは、モンケ・ハーンの死後に帝位を巡ってクビライと争った人物であり、その一族はイェスデルの時代までモンゴル高原西部に勢力を保っていました。

簒奪と即位

1388年、ウスハル・ハーンはブイル・ノールでの戦いで明の将軍藍玉に大敗を喫しました。この敗北を好機と見たイェスデルは、ハーンに対して反乱を起こし、カラコルムへ逃れようとするトグス・テムルを襲撃、捕らえて殺害し、自らハーンに即位しました。これにより、アリク・ブケ家は、クビライとの帝位継承戦争以来、約100年ぶりにハーン位を奪還したのです。

治世と苦難

イェスデルがハーンに即位した頃、北元は明との度重なる戦いの敗北と内紛によって大きく衰退し、多くの王族や貴族が明に降伏していました。彼は、配下のアンダ・ナガチュを派遣して東方への支配権拡大を図りましたが、明の討伐を受け、苦境に立たされました。

オイラト部族連合の結成

イェスデルの治世において特筆すべきは、オイラト部族連合の結成です。クビライ家の統治に不満を持つモンゴル高原西方の四部族（オイラト、ケレヌート、チョロース、バルグト）が、イェスデルを擁立して部族連合を結成しました。しかし、彼の死後、ハーンの権威は失墜し、オイラト部族連合の指導者たちが実権を握るようになります。その後、オイラトとウスハル・ハーンの遺臣によるモンゴル復興勢力との間で争いが勃発し、モンゴル高原は更なる混乱の時代を迎えることとなりました。

史料における混乱

イェスデルとその後のエンケ・ハーンの治世は、モンゴル年代記において記述が錯綜している部分です。年代記によって記述が異なり、研究者を悩ませています。しかし、同時代のペルシア語史料である『ザファル・ナーマ』などの記述から、イェスデル、エンケ、エルベクの3人がそれぞれ別のハーンであったことが裏付けられています。

イェスデルによるクビライ家のハーン位簒奪は、明朝に大元ウルス断絶と認識させました。しかし、モンゴル人の間では、その後も大元・大モンゴル・ウルスは存続しているという意識が根強く残っていました。

イェスデルは、北元時代の混乱期を象徴する人物であり、その簒奪劇は、モンゴル史に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

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