イスラーム・ダアワ党

イスラーム・ダアワ党（Ḥizb Al-Daʿwa Al-Islāmiyya）

イスラーム・ダアワ党は、イラクの政治において中心的な役割を担うシーア派イスラーム政党の一つです。アラビア語では「Ḥizb Al-Daʿwa Al-Islāmiyya」と呼ばれ、「呼びかけ」や「布教」を意味する「ダアワ」の名を冠しています。この党は、イラク政界の主要な政党連合である「法治国家連合」の中核をなし、2005年から2018年までの長きにわたり、一貫してイラク政府の首相ポストを輩出し続けてきました。歴史的にはイラン革命やその指導者ルーホッラー・ホメイニーを支援し、イラン政府からの財政的支援を受けてきた経緯があり、現在もその関係は続いています。

黎明期と弾圧

ダアワ党は1957年に結党されました。当時のイラクは世俗的なアラブナショナリズムや社会主義思想が主流であり、そうした潮流に対抗する形で、ムハンマド・サーディク・アル=カームーシーをはじめとする複数のシーア派指導者たちが集まり、イスラームに基づいた新しい政治・社会意識の醸成を目指しました。彼らの目的は、イスラームの価値観や倫理観を社会に根付かせ、世俗主義と闘い、最終的にはイラクにイスラーム国家を樹立することにありました。党の思想的基盤を築いたのは、高名な哲学者・神学者であり、政治理論家でもあったムハンマド・バーキル・アッ=サドルです。彼は「ウィラヤート・アル＝ウンマ（共同体による統治）」という概念を提唱し、党の理念と組織の礎を形成しました。サドルの思想はレバノンにも影響を与え、ナジャフで学んだ聖職者によって同名の党が結成されるに至ります。

1970年代に入ると、ダアワ党はシーア派のウラマー（イスラーム法学者）や若い世代の間で急速に支持を広げ、その基盤を強化しました。しかし、これは当時のイラクを支配していたバアス党政権との激しい対立を招くことになります。バアス党政権は世俗主義を標榜しており、シーア派の政治運動が体制の不安定化につながることを恐れて、徹底した弾圧政策を敷きました。政府はシーア派関連の新聞や教育機関を閉鎖し、シーア派法学者養成機関であるハウザの学生に兵役を義務付けるなど、様々な手段で活動を制限しました。特にダアワ党員は厳しく追及され、1972年以降、多くの党員が逮捕・収監されました。1973年にはバグダード支部の指導者とされる数名が処刑され、1974年・1975年には革命裁判所で多数の党員に死刑判決が下されました。このような厳しい弾圧にもかかわらず、ダアワ党員たちは抵抗を続け、1977年2月のサファル蜂起をはじめとする大規模な抵抗運動を展開しました。当時、イラクの聖地ナジャフに亡命していたシーア派法学者ホメイニーも、これらの動きに影響を与え、また影響を受けていました。弾圧の頂点として、バアス党政権下のイラク革命指導評議会は1980年3月31日、ダアワ党を非合法化し、党員や協力者に対し新旧問わず死刑を科す法律を制定しました。これにより、指導的なメンバーであったアッ=サドルを含む多くの人々が欠席裁判による死刑判決を受け、処刑されました。

イラン革命との連携と国際的な活動

ダアワ党は1979年のイラン革命を積極的に支持し、革命後のイラン政府から強力な支援を受けるようになります。特にイラン・イラク戦争（1980-1988年）中、イラン政府はダアワ党に対し、バアス党のサッダーム・フセイン政権に対する武装蜂起を支援しました。党本部は1979年にはイランの首都テヘランに移転されました。

この時期、ダアワ党は国際的な舞台でも活動を開始しました。1981年12月には、レバノンの首都ベイルートにあるイラク大使館に対する自爆テロ攻撃を実行し、多くの犠牲者を出しました。これは国際社会に対する最初の攻撃とされています。さらに1983年には、クウェートのアメリカ大使館やフランス大使館、クウェート国際空港への自爆テロ攻撃も発生しました。これらの攻撃は、イラン・イラク戦争においてイラクを軍事的・財政的に支援していた国々に対する報復措置として行われたと考えられています。

しかし、イラン革命指導者ホメイニーとダアワ党の間には、協力関係がある一方で、統治に関する思想的な相違も存在しました。ホメイニーが国家権力はウラマー（イスラーム法学者）に帰属すべきだと考えたのに対し、ダアワ党はイスラーム共同体全体、すなわち人民にその権力が由来すると考えました。この意見の不一致は、後にダアワ党の分派として、イラク・イスラム革命最高評議会（SCIRI）が結成される一因となりました。

イラン・イラク戦争期、西側諸国においては、ダアワ党はテロ組織と見なされていました。これは、彼らが西欧諸国やスンニ派勢力を標的に攻撃を行い、例えばイラクの副首相ターリク・アズィーズの暗殺未遂事件などを引き起こしていたためです。

関係の変化と政権参加

湾岸戦争終結後、ダアワ党とアメリカの利害が一時的に一致する局面が見られました。サッダーム・フセイン政権打倒を目指す反体制派は、アメリカからの強力な財政支援を受けてイラク国民会議（INC）を結成しました。INCは「立憲民主的で多元的なイラクにおける人権尊重と法の支配」を理念として掲げ、ダアワ党も1992年にこれに参加しました。しかし、フセイン政権崩壊後のイラク統治のあり方を巡ってクルド人政党との対立が深まり、ダアワ党は1995年にINCから脱退しました。

2003年の米軍によるイラク侵攻まで、ダアワ党の多くの指導者はイランやその他の国で亡命生活を送っていました。この亡命期間中、一部の派閥はSCIRIへと合流しました。イラク戦争に対する党の公式なスタンスは、他の主要シーア派政党とは異なり、反対の立場をとるものでした。後に移行政府の首相となるイブラーヒーム・アル=ジャアファリーも、反戦運動に関わっていたとされています。戦争終結後、ダアワ党とSCIRIの指導者たちはイラクへ帰還しました。ダアワ党はイラク南部ナーシリーヤに拠点を置きました。

サッダーム・フセイン政権崩壊後の新しいイラク政治において、ダアワ党は重要な役割を担うことになります。2005年1月30日に行われた、イラクで初めての国民議会選挙に、主要なシーア派政党が集まった政党連合「統一イラク同盟（UIA）」の一員として参加しました。選挙の結果、UIAは最大勢力となり、与党となりました。そして、ダアワ党からイブラーヒーム・アル=ジャアファリーが移行政府の首相に選出されました。

2005年12月15日に新しい憲法に基づいて実施された国民議会選挙でも、UIAは再び勝利を収めました。しかし、2006年5月20日に正式政府が発足する際、ジャアファリー首相はサドル派との近い関係からアメリカの警戒を招き、またクルド人やスンニ派からの反発も受けたため、ダアワ党の書記長であったヌーリー・アル=マーリキーが後任の首相に就任しました。

2010年3月7日の国民議会選挙を前に、統一イラク同盟は分裂しました。ダアワ党は新たな政党連合「法治国家連合」を結成し、他のシーア派政党は「イラク国民同盟（INA）」として残留しました。選挙の結果、法治国家連合はイヤード・アッラーウィー率いる「イラキーヤ」に次ぐ第2位にとどまりましたが、第3位のイラク国民同盟と連立を組むことで、マーリキー首相は続投を果たしました。

2014年4月30日の国民議会選挙では、法治国家連合が第一党となりましたが、過半数には届かず、連立交渉が難航しました。また、この時期にイスラームスンナ派過激派組織ISILが急速に台頭し、国内外からの強い圧力がかかる中で、マーリキー首相は退陣に追い込まれました。後任には、ダアワ党副書記長であったハイダル・アル=アバーディが指名され、9月8日に挙国一致内閣が発足しました。

ダアワ党が連続して首相を輩出したのは、2018年5月12日の国民議会選挙まででした。この選挙結果を受けて、新しい首相には無所属のアーディル・アブドゥルマフディーが指名され、ダアワ党以外の人物が首相の座に就くこととなりました。

このように、イスラーム・ダアワ党は、結党から現在に至るまで、イラクの政治情勢やシーア派共同体の動きと深く関わりながら、その歴史を刻んできました。弾圧、武装闘争、政権参加と、激動の時代を乗り越えてきた主要政党であり、その動向は今後もイラク政治の行方を占う上で注視されるでしょう。

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