インナー・テンプル

インナー・テンプル：ロンドンの歴史と法の殿堂

ロンドン中心部のシティ、テンプル地区に位置するインナー・テンプルは、イングランドとウェールズの法曹界において重要な役割を担う法曹院です。他の3つの法曹院（リンカーン法曹院、グレイ法曹院、ミドル・テンプル）と共に、法廷弁護士の養成と認定に関する独占的な権限を有しており、全ての法廷弁護士および裁判官は、いずれかの法曹院に所属することが法律で義務付けられています。

インナー・テンプルは、単なる協会組織ではありません。シティの管轄下にはない「リバティ」と呼ばれる自治体としての地位を有しており、5世紀以上にわたる歴史と伝統を誇ります。その敷地内には、荘厳な図書館、宿泊施設、ダイニングホール、チャペル、そして静寂な庭園など、豊かな歴史を感じさせる建造物が立ち並んでいます。

テンプル騎士団からの歴史的継承

インナー・テンプルの歴史は、12世紀にまで遡ります。かつてこの地は、テンプル騎士団がその拠点としていました。彼らは、宿泊施設、食堂、国王のための建物、貯蔵庫、厩舎、そして現在も残るテンプル教会などを建設し、この地を「テンプル」と名付けました。1185年には、エルサレム総主教とイングランド国王ヘンリー2世による開所式が行われたという記録も残っています。

テンプル騎士団とイングランド王室の緊密な関係は、テンプルを一種の特区へと発展させました。13世紀にはロンドンの金融取引の中心地となり、多くの法曹関係者が集まるようになりました。しかし、1312年のテンプル騎士団の解散に伴い、テンプルの隆盛にも陰りが見え始めます。

法曹院への変貌

テンプルが現在の法曹養成の地へと変貌を遂げた大きな転機は、1339年にヨークからロンドンに戻ってきた中央法廷の存在です。1340年代には原始的な法曹関係者組織が整備され、法学の講義が行われていました。1381年のワット・タイラーの乱による被害や、原因不明の分裂を経て、1388年までにインナー・テンプルとミドル・テンプルの2つに分かれ、インナー・テンプルはテンプルの東半分を占めることになります。しかし、14世紀のインナー・テンプルに関する記録は乏しく、その歴史の詳細は未だ謎に包まれています。

15世紀には、イングランド北部出身のジェントリや貴族階級出身者が多く集まり、本格的な法曹教育が始まりました。模擬裁判や寮での集団生活などが、現代の法曹院教育の原型となっています。15世紀後半には、イングランド国王リチャード3世の法律顧問職をインナー・テンプル会員が独占するなど、最初の黄金期を迎えます。16世紀以降は、コモン・ローの発展に伴い、インナー・テンプルも大きく拡大しました。

近代以降と現代

17世紀中盤のイングランド内戦では一時閉鎖を余儀なくされましたが、18世紀から19世紀にかけてはイギリス帝国の発展と共に、会員にイングランド以外の国籍の人々も増えました。多くの建物が改築され、ヴィクトリア朝風の壮麗な建築物が誕生しました。20世紀には女性にも門戸が開かれ、1922年には初の女性法廷弁護士が輩出されています。

インナー・テンプルには、1680年頃にクリストファー・レンによって設計された「King's Bench Walk」など、歴史的建造物が数多く残されています。これらの建物は、イギリス指定建造物一級に認定され、保護されています。また、図書館は1506年には既に存在しており、現在では7万冊以上の司法関係書籍を所蔵しています。第二次世界大戦中の空襲で大きな被害を受けましたが、その後大規模な修復や再建が行われました。

現在でも、インナー・テンプルの敷地内は一般公開されており、美しい庭園や歴史的建造物を自由に散策することができます（建物内部の見学には予約が必要です）。『ダ・ヴィンチ・コード』など、多くの小説や映画の舞台にもなっているこの地は、歴史と法の重みに彩られた、ロンドンの貴重な観光スポットとなっています。

著名な関係者

インナー・テンプルには、歴史上、数多くの著名な人物が関係しています。政治家、裁判官、経済学者、文学者、芸術家など、多様な分野で活躍した人々が、インナー・テンプルに学び、その歴史を彩ってきました。その中には、マハトマ・ガンディー、セシル・ローズ、クレメント・アトリーといった歴史的にも重要な人物も含まれています。これらの関係者は、インナー・テンプルの歴史と、その世界的な影響力の証左と言えます。

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