ウィリアム・ボイス

ウィリアム・ボイス（William Boyce, 1711年 9月11日 – 1779年 2月7日）は、18世紀半ばのイギリスで活躍した主要な作曲家であり、優れたオルガン奏者としても知られています。

生い立ちと初期のキャリア

彼はロンドンに生まれ、幼い頃から音楽に親しみました。セント・ポール大聖堂の聖歌隊員として音楽の基礎を学びましたが、声変わりを機に退団しました。その後、当時の英国音楽界を牽引していた高名な作曲家モーリス・グリーンの門を叩き、本格的な作曲技法や鍵盤楽器の演奏技術を深く学びました。

1734年頃にはプロのオルガン奏者として歩み始め、ロンドンのいくつかの教会でオルガン奏者の職を務めました。その卓越した演奏技術と作曲能力は高く評価され、次第に音楽家としての名声を確立していきます。

要職への就任

ボイスのキャリアは順調に進み、重要な役職を歴任しました。特に、1755年には、イギリス音楽界における最高の栄誉とされる『国王の音楽師範（Master of the King's Musick）』の職に就任しました。これは英国王室に仕える音楽家にとって最高の栄誉であり、戴冠式や王家の誕生日など、重要な儀式や行事のための楽曲を作曲する役割を担いました。さらに1758年には、格式高い王室礼拝堂のオルガン奏長も兼任するなど、彼は18世紀半ばの英国音楽界の中心的存在となりました。

晩年と教会音楽への貢献

しかし、晩年になると、ボイスは深刻な難聴に悩まされるようになります。この病は、彼にとって最も重要な活動の一つであった演奏家としてのキャリアを困難にし、ついにオルガン奏者の職を辞さざるを得なくなりました。厳しい状況の中で、彼は新たな目標を見出します。

それは、かつて師事し、深く尊敬していたモーリス・グリーンが志半ばで遺した膨大な『教会音楽（Cathedral Music）』コレクションの編纂を完成させることでした。ボイスは聴力を失う中でも音楽への情熱を失わず、心血を注いでグリーンが生涯をかけて収集・作曲した教会音楽を整理・校訂しました。その努力の結果、３巻からなる大作として出版にこぎつけました。この『教会音楽』は、過去200年にわたるイギリスの教会音楽を集めた重要な遺産となり、今日でもその中に収められた多くの作品が英国教会の礼拝で歌い継がれています。これは、ボイスの作曲家・演奏家としての功績だけでなく、音楽学者・編纂者としての重要な貢献を示すものです。

主な作品

ウィリアム・ボイスは多作な作曲家であり、当時のイギリスにおける様々な音楽ジャンルで才能を発揮しました。

主な作品には以下のようなものがあります。

器楽曲: 8つの交響曲、12のトリオ・ソナタなど
声楽曲: 賛歌（Anthems）、叙情詩（Odes）、ジョン・ドライデンの世俗的仮面劇のための歌曲など
* 舞台音楽: 仮面劇『ペレウスとテティス』、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲（『テンペスト』、『シンベリン』、『ロミオとジュリエット』、『冬物語』）に付随する音楽など

彼の作品は、ヘンデルの強い影響下にありながらも、独自の力強く明快な様式を持っています。

死後の評価と再発見

ウィリアム・ボイスは生前、国王の音楽師範として英国音楽界で確固たる地位を築きましたが、その死後、彼の作品は次第に演奏される機会が減り、忘れられた存在となっていきました。20世紀に入っても、彼の音楽が広く知られることは稀でした。

しかし、1930年代に入ると、彼の楽譜や作品が再び脚光を浴びるようになります。特に、著名な指揮者で音楽学者でもあったコンスタント・ランバート（Constant Lambert）がボイスの多くの作品を校訂し、自身の指揮によって演奏会で取り上げたことが、その後の再評価の大きなきっかけとなりました。これにより、ボイスの音楽が持つ価値が現代に再認識されることとなったのです。

現在でも、彼の名は一般的には広く知られているとは言えませんが、ウィリアム・ボイスは18世紀半ばのイギリス音楽を代表する重要な作曲家の一人として、その業績は高く評価されています。特に器楽曲における貢献や、師の遺志を継いで完成させた教会音楽集は、英国音楽史において特筆すべき功績と言えるでしょう。

もう一度検索