ウェストカー・パピルス

ウェストカー・パピルスは、古代エジプトの中王国時代（紀元前20世紀頃）に書かれたとされる貴重な文献です。その名前は、かつてこのパピルスを所有していたイギリス人の名前に由来しています。文献そのものは、文書の様式や書体からヒクソス時代（紀元前18世紀から16世紀頃）に筆写されたとする説もありますが、収録されている物語の内容は、より古い中王国時代に創作されたか、あるいはさらに遡る古王国時代から口承で伝えられてきたものが、中王国時代にパピルスに記録されたものと考えられています。

現在まで伝わっているのは、このパピルスの一部であり、現存する資料は12段にわたる断片的な状態です。

この文献の中心となるのは、ギザの大ピラミッドを建造したことで名高いクフ王です。物語は、クフ王が自身の9人の息子たちから不思議な話を聞くという形式で進行しますが、残念ながら現存部分には、末弟ジェデフホルを含む最後の3人の息子が語ったとされる物語のみが収録されています。

現存する最初の物語は、ネブカ王の時代の出来事です。神プタハに仕える高名な魔術師が登場し、妻と密通していた男に対して恐ろしい魔法をかけます。魔術師が泥で作った鰐が本物になり、その男を湖の底へと引きずり込んでしまうという、魔法の力と復讐を描いた物語です。

次に語られるのは、クフ王の父であるスネフェル王の治世における出来事です。ここでも神官の魔術師が登場します。ある女性が落としてしまった大切な宝飾品、耳飾りを、魔術師が魔法の力で水の底から引き上げてみせるという、日常的な問題を解決する魔法の物語です。

そして、末弟のジェデフホル王子が語るのは、スネフェル王のピラミッドの墓守を務めるジェディという老人の話です。ジェデフホルは、ジェディが知恵の神トートの秘密を知っていると王に進言し、彼を宮殿へ連れてきます。110歳という驚くべき高齢のジェディは、クフ王の前で首を切られた鳥を元に戻すといった不思議な魔法を披露し、王の信頼を得ます。

クフ王はジェディに、トート神の秘密の聖所にある部屋の数について尋ねます。ジェディは、その数そのものは知らないとしながらも、その秘密が記された文書の隠し場所を知っていると告げます。さらに重要な預言として、その神聖な知恵を明らかにし、やがて王位に就くのは、太陽神ラーの聖地ヘリオポリスに仕える高位の神官から生まれる、まだ見ぬ三つ子の長男であると述べます。

自身の王朝から王権が将来的に奪われるという預言にクフ王は衝撃を受けますが、ジェディは、その子供が王位に就くのはクフ王の治世から数えて3代後であると説明し、王の不安を幾分か和らげます。

最後に収録されている物語は、それまでの宮廷での対話形式から大きく変わり、ジェディが預言した三つ子の王子たちの誕生に焦点が移ります。彼らを産む女性レドジェデトが出産を迎える日、最高神ラーは女神イシスやネフティス、出産の女神メスケネトやヘケト、そして創造神クヌムといった重要な神々に、レドジェデトを助けるよう命じます。神々は人間の助産師や音楽家に変装してレドジェデトの家を訪れ、困難な出産を手伝います。こうして生まれた三つ子の王子たちは、皆たくましく健康で、生まれた時からその手足は輝く金で覆われ、頭には神聖なラピスラズリの髪飾りをつけていたと描写されています。

物語はこの後、レドジェデトに仕える女中が、些細なことで女主人と口論になり、暴力を受けて家を飛び出す場面へと続きます。女中は怒りにまかせ、レドジェデトの子供たちが実は未来の王であること、そして神々がその出産を助けた秘密をクフ王に密告しようと決意します。しかし、王宮へ向かう途中で偶然出会った兄に、彼女は全てを打ち明けてしまいます。妹の話を聞いて不快に感じた兄は、またしても妹を叩き、水辺の小道まで連れて行きました。そこで女中は突然現れた鰐に襲われ、無惨な最期を遂げてしまいます。

兄はその場を立ち去り、レドジェデトの元へ向かいます。レドジェデトは女中がいなくなったことを嘆いており、兄は自分が妹に何をしたか、そして妹が鰐に襲われた顛末を告白し始めます。ウェストカー・パピルスは、まさに兄が真実を語り始めたこの場面で断片化しており、物語の結末は失われています。

この失われた続きの部分では、ジェディの預言通り、クフ王が属する第4王朝から、レドジェデトの息子たちが興すとされる第5王朝への政権交代が描かれていたのではないかと推測されています。

ウェストカー・パピルスは、古代エジプトにおける魔法信仰、神々と人間世界の関わり、そして王朝の正統性や未来への予言といったテーマを描いており、当時の人々の世界観や文学的な思考を知る上で非常に重要な史料となっています。

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