エゼキエルの幻視

ラファエロの『エゼキエルの幻視』



ラファエロ・サンツィオによって1510年頃に制作された油彩画『エゼキエルの幻視』は、旧約聖書エゼキエル書1章に描かれる預言者エゼキエルのメルカバの幻視を題材としています。この作品は、ラファエロの卓越した技術と豊かな創造性が結実した傑作として知られています。

主題



エゼキエル書に記された幻視は、捕囚の身であった預言者エゼキエルが、北から吹く激しい風とともに現れた雲の中から、4つの生き物を見た場面を描写しています。これらの生き物はそれぞれ人の姿でありながら、4つの顔と4枚の翼を持ち、前方に人、右にライオン、左に牛、後ろにの顔を持ちます。彼らは稲妻のように速く動き回り、その傍らには4つの輪が存在していました。そして、彼らの頭上には、火のような輝きを放つ青銅色のものに囲まれた神の姿が現れます。この光景は、雨上がりの空に現れる虹のようであり、エゼキエルは神の栄光に圧倒され、顔を伏せました。その時、神は「人の子よ、立ち上がれ、わたしはあなたに語ろう」と告げました。

作品



ラファエロは、この幻想的な光景を絵画として見事に表現しました。画面全体に広がる雲の上には、翼を持つ4つの神的存在、すなわち天使として描かれた人、ライオン、牛、が配置され、その中心には聖なる父が描かれています。背後の雲は大きく裂け、神々しい光が満ち溢れ、その光の中に多くのケルビムが見えます。4つの神的存在は、いずれも暗い色の翼を持ち、ライオン、牛、は神を下から支え、残る天使は淡い青紫のクラミュスをまとい神を礼拝しています。これらの生き物は、それぞれ福音書記者である聖マルコ、聖ルカ、聖ヨハネ、聖マタイの象徴とされています。聖なる神は、祝福を与えるかのように両腕を上げ、その両脇には二人の天使が控えています。雲の帯の下には、遠くに海と陸の風景が広がります。画面左下には、一筋の光が地上の二人の人物に降り注いでおり、その一人がエゼキエルであると考えられています。

制作年代については、一般的に1517年から1518年頃とされています。様式的には、同じくボローニャのために制作された1514年頃の『聖セシリアの法悦』と近く、ヴァザーリは『聖セシリアの法悦』の後に制作されたと述べています。しかし、この作品がヴァザーリやボローニャの資料に現れる絵画と同一であるか、またラファエロの真筆性については、研究者によってしばしば議論されてきました。制作年代がラファエロの多忙な時期と重なることや、工房に優れた助手が多数いたことから、ジュリオ・ロマーノやジャンフランチェスコ・ペンニの作品であるとの見解も存在します。しかし、絵画の柔らかく繊細な色彩の変化、ユピテルにもたとえられる人物像、構想の記念碑的な性質、そして大きな構図を小さなフォーマットに巧みに縮小する技術など、作品の質の高さは疑う余地がなく、ラファエロの真筆であると結論づけられています。

来歴



この作品に関する最古の記録は、1550年にヴァザーリが著した『画家・彫刻家・建築家列伝』にあります。ヴァザーリは、ボローニャのヴィンチェンツォ・エルコラーノの館でこの絵画を見たとしています。1560年時点で絵画はまだボローニャにありましたが、エルコラーニ家は1580年代に絵画を手放しました。おそらく、ヴィンチェンツォの弟アゴスティーノ・エルコラーニがメディチ家の大使を務めていた時期(1574年から1579年)に、小品を好んだ大公フェルディナンド1世・デ・メディチの要請により、メディチ家のコレクションに加わったと考えられています。絵画は1589年にウフィツィ宮殿のトリブーナで展示され、1665年頃までそこにあったものの、1697年に大公子フェルディナンド・デ・メディチによってピッティ宮殿に移されました。その後、ピエトロ・ダ・コルトーナの区画に移された後、1799年にフランス軍に略奪されましたが、ナポレオン失脚後の1816年に返還されました。返還された絵画は元の場所に戻され、現在も美術館の他のラファエロ作品とともに展示されています。

影響



エゼキエルの幻視』は、1520年頃に金糸と銀糸を使用した豪華なタペストリーの図案にもなっています。このタペストリーは、教皇レオ10世のために、フランドルのピーテル・ファン・アールストの工房で、トマソ・ヴィンシドールの下絵をもとに制作されました。ヴィンシドールはラファエロの工房出身で、後にフランドルで活躍した人物です。また、バロック期のフランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスは、イタリア滞在中の1605年から1608年の間に、この作品を模写しています。

この作品は、ラファエロの才能と創造性を象徴する重要な作品であり、その後の芸術家たちに大きな影響を与えました。現在もパラティーナ美術館に所蔵され、多くの人々を魅了し続けています。

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