エナレテー

エナレテー（Enaretē）

エナレテーは、古代ギリシア神話の世界に名を刻む重要な女性の一人です。彼女の名前は、長母音を省略してエナレテとも表記されることがあります。その出自は、デーイマコスという人物の娘と伝えられています。

神話におけるエナレテーの役割は、主にその配偶者と子孫を通じて知られています。彼女は、伝説的な人物であるアイオロス（風の神アイオロスとは異なる、テッサリア地方の王とされるアイオロス）の妻となりました。アイオロスは、英雄ヘーラクレースの父とされるアムピトリオーンの父エレクトリュオーンの祖父にあたるピラコス、あるいはオデュッセウスの祖父にあたるアルケイシオスなどの系譜に繋がるデーイオーンの父であり、多くの王家や英雄の祖となった人物です。

エナレテーとアイオロスの間には、多くの子供たちが生まれました。資料によれば、彼らには七人の息子と五人の娘、合計十二人の子供がいたとされています。その息子たちは以下の通りです。

クレーテウス（Cretheus）
シーシュポス（Sisyphus）
アタマース（Athamas）
サルモーネウス（Salmoneus）
デーイオーン（Deion）
マグネース（Magnes）
ペリエーレース（Perieres）

そして、五人の娘たちは以下の名前で伝えられています。

カナケー（Canace）
アルキュオネー（Alcyone）
カリュケー（Calyce）
ペイシディケー（Peisidice）
ペリメーデー（Perimede）

エナレテーが生んだこれらの子供たちは、それぞれが後のギリシア神話において重要な役割を果たすことになります。例えば、息子たちの多くは各地の王となりました。クレーテウスはイオルコスの王となり、その子孫からはイアソンやネストールといった著名な英雄が輩出されます。シーシュポスはコリントスの建国者とされ、その狡猾な物語はよく知られています。アタマースはボイオティア地方の王として、様々な悲劇的な出来事の中心となりました。サルモーネウスはエーリス地方の王となり、娘テューローを通じてペリアースやネーレウスの祖母となります。デーイオーンはポキスの王家を築き、その子孫はペルセウスやヘーラクレースといった大英雄の系譜へと繋がっていきます。マグネースはマグネーシア地方の名の由来となったとも言われ、ペリエーレースはメッセニア地方の王として、イーダースやリンケウスといったアルゴナウタイの冒険にも加わる人物たちの父となりました。

娘たちもまた、神話において重要な繋がりを持ちます。カナケーはポセイドーンとの間に子をもうけたとされ、アルキュオネーは夫ケーユクスと共に鳥に変身する悲劇的な物語で知られています。カリュケーやペイシディケー、ペリメーデーもまた、他の英雄や神々との間に子をなし、系譜を繋いでいきました。

このように、エナレテー自身に焦点を当てた物語は多く語られていませんが、彼女がアイオロスとの間に生んだ子孫たちが、神話の様々な主要な流れ（アルゴナウタイの冒険、テーバイの物語、ヘーラクレースの功業など）に深く関わっていることから、彼女がギリシア神話の広範な系譜における重要な結節点の一つであったことが理解できます。

エナレテーに関する主要な情報は、古代ギリシアの歴史家・神話学者であるアポロドーロスが著した『ギリシア神話』などの文献によって後世に伝えられています。彼女の存在は、個人の物語としてよりも、多くの英雄や王、そして神話的な出来事へと繋がる豊かな系譜の母として、その重要性が認識されています。

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