エパポス

エパポス

出自

エパポス（古希: Ἔπαφος, Epaphos）は、ギリシア神話において、天空の主神ゼウスと、その愛人であったアルゴスの王女イーオーとの間に生まれた息子です。その名は「触れられたもの」「誕生」といった意味を持つと解釈されており、母イーオーがゼウスに触れられて元の姿に戻り、彼を産んだことに由来すると考えられています。

誕生と幼少期

エパポスの誕生は、母イーオーの壮絶な苦難と深く結びついています。イーオーはゼウスの寵愛を受けたため、正妻ヘーラーの激しい嫉妬を買いました。ヘーラーによって牝牛の姿に変えられたイーオーは、一匹のアブに追われながら世界中をさまよいました。長い放浪の末、ようやく遠い異郷の地、エジプトのナイル河畔に辿り着いた彼女は、そこでゼウスの手（または息）に触れられて元の人間の姿に戻り、エパポスを出産しました。

しかし、ヘーラーの執念深い嫉妬は幼子にも向けられました。ヘーラーはクーレースと呼ばれる精霊たちに命じ、エパポスを異国へ連れ去らせます。これを知ったゼウスは激怒し、クーレースたちを滅ぼしました。一方、息子を失ったイーオーは悲嘆に暮れ、ビュブロスの王のもとにエパポスがいるという噂を聞きつけ、シリア地方中を探し回りました。その甲斐あって、ついに息子との再会を果たします。その後、イーオーはエパポスと共にエジプトに戻り、当時のエジプト王テーレゴノスと結婚したと伝えられています。

パエトーンとの一件

エパポスが少年の頃、彼には太陽神ヘーリオスの子を自称するパエトーンという遊び仲間がいました。ある時、エパポスはパエトーンが「自分の父は太陽神である」と吹聴しているのを聞き、これを事実ではないと決めつけ、激しく口論となりました。エパポスに嘘つき呼ばわりされたパエトーンは、自らの言葉の真実を証明するため、遠い父の宮殿を目指して旅立ちます。

パエトーンはヘーリオスに会うことができ、父の証明として太陽の戦車を一日だけ借りることを許されました。しかし、御する者を選ばない神聖な天馬と戦車は、未熟なパエトーンには操ることができませんでした。戦車は軌道を外れて天を暴走し、地上に異常な熱と大火災を引き起こしました。この恐るべき事態を収拾するため、ゼウスは雷霆を放ち、パエトーンを撃ち殺したのです。パエトーンの悲劇は、エパポスとの些細な口論が遠因となって引き起こされたものでした。

エジプトでの統治と家族

成人したエパポスは、ゼウスの意向によりエジプトの王となりました。彼はこの地を支配し、王国を築き上げます。特に功績として挙げられるのは、多くの都市を建設したこと、そしてその中でも最大級の都市であるメムピスを創建したことです。この都市は、エパポスが妻として迎えた、ナイル川の河神ネイロスの娘メムピスの名を冠して名づけられました。別の伝承では、妻はカッシオペーともされます。

エパポスと妻の間には、リビュエーとリューシアナッサという二人の娘が生まれました。娘のリビュエーは、フェニキアの王アゲーノールと、ミュケナイ王家などの祖となるベーロスの母となり、リューシアナッサは、後に異邦人を捕らえて生贄にしたという逸話を持つブーシーリスの母となりました。エパポスの子孫は、エジプトだけでなく、フェニキアやその他の地へと広がっていったのです。

エパポスは、母の悲劇的な放浪の果てに生まれた存在でありながら、エジプト王としてその地の基礎を築き、後代に連なる重要な家系を生み出した人物として、ギリシア神話にその名を残しています。

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