イーオー

イーオー：ゼウスの愛人、そしてさまよう牝牛

ギリシア神話に登場するイーオーは、ゼウスの愛人として知られる女性です。彼女の生い立ちについては諸説あり、河の神イーナコスの娘、あるいはペイレーンの娘とする説などがあります。アルゴス地方を流れるイーナコス川は、ゼウスの妻ヘーラー信仰の中心地アルゴスに位置しており、イーオーはそこでヘーラーに仕える女神官を務めていたとされています。ヘーラー信仰の中心地でヘーラーに仕え、後にヘーラーと深い関わりを持つ牝牛に変身するなど、イーオー自身もヘーラーの別名、あるいは女神の分身とする説もあります。

ゼウスとの関係とヘーラーの怒り

ゼウスはイーオーを愛し関係を持ちますが、その事実をヘーラーに見つかってしまいます。ゼウスはヘーラーの怒りを避けるため、イーオーを白い牝牛の姿に変えました。しかし、ヘーラーはゼウスからその牝牛を譲り受け、全身に眼を持つ怪物アルゴスに見張らせます。アルゴスは牝牛をミュケーナイの森に繋ぎとめますが、ゼウスはヘルメースに牝牛を奪うよう命じます。ヘルメースはアルゴスを殺害することで牝牛を解放しますが、この出来事からヘルメースは「アルゴスの殺戮者」と呼ばれるようになりました。

さまよえる牝牛

自由になったイーオーですが、ヘーラーは虻を放って彼女を追い詰めます。牝牛の姿のイーオーは、イオニア海、イリュリアを通過し、ハイモス山を越え、ボスポロス海峡を渡り、スキュティアー、キメリアといった広大な地をさまよいました。そして、ついにエジプトにたどり着き、そこで人間に戻ります。

エジプトでの生活と子孫

エジプトでイーオーはゼウスとの間に息子エパポスをもうけます。しかし、ヘーラーはエパポスを隠そうとしますが、ゼウスはそれを阻止し、イーオーは息子と再会を果たします。エジプトに戻ったイーオーは、当地の王テーレゴノスと結婚し、デーメーテールの像を建てました。エジプト人はデーメーテールとイーオーを同一視し、イーシスと呼ぶようになりました。エパポスはエジプト王となり、メムピス市を築き、その子孫は古代エジプトの歴史に深く関わっていきます。

プロメーテウスの予言

アイスキュロスの悲劇『縛られたプロメテウス』では、イーオーは逃亡中にプロメーテウスに出会います。プロメーテウスは、イーオーがエジプトで元の姿に戻り、エパポスを産むこと、そしてイーオーの13代目の末裔が自身を解放すると予言します。この予言は、イーオーの物語が単なる愛憎劇を超えた、より大きな歴史的、宇宙的な意味合いを持つことを示唆しています。

様々な解釈

イーオーの物語は、様々な解釈がなされています。月の牝牛、雨を司る女神、ヘーラーの異名など、様々な象徴的な意味が読み取れます。ハンガリーの神話研究家カール・ケレーニイは、イーオーの物語を「さまよい歩く月の牝牛の物語」と捉え、他の神話との共通性を指摘しています。イギリスの詩人ロバート・グレーヴスは、イーオーの物語は複数の原型神話から構成されている可能性を指摘し、雨乞い儀式との関連性にも言及しています。

イーオーの物語が持つ意味

イーオーの物語は、単なる愛憎劇にとどまらず、自然現象、宗教的象徴、民族移動、そして歴史的な出来事と様々な要素が絡み合った複雑な物語です。彼女のさまよう旅路は、古代世界の広大さと、神話における多様な解釈の可能性を示しています。また、ゼウスとヘーラー、そしてイーオーの三角関係は、神々の権力闘争と人間の運命を象徴的に描いているとも考えられます。 イーオーの物語は、現代においても、様々な解釈と考察の対象として、人々の想像力を刺激し続けています。

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