エリザベス・ラッチェンス

エリザベス・ラッチェンスの生涯と音楽

エリザベス・ラッチェンス（(Agnes) Elisabeth Lutyens, CBE, 1906年7月9日 - 1983年4月14日）は、イギリスの作曲家であり、20世紀音楽において重要な存在です。彼女は、建築家サー・エドウィン・ラッチェンスの娘として生まれ、幼少期から音楽への強い情熱を持っていました。その音楽は、十二音技法を基盤としながらも、独自のアプローチでセリエリズムを発展させ、多くの革新的な作品を生み出しました。

幼少期と音楽教育

エリザベスは、幼い頃から音楽に興味を持ち、9歳で作曲家を志すようになりました。彼女の家族は神智学運動に関わっており、その影響で、ジッドゥ・クリシュナムルティが一家と親交を深めました。エリザベスは、パリのエコールノルマル音楽院で音楽を学び、その後、ロンドンの王立音楽大学でハロルド・ダークに師事しました。また、ジョン・フォウルズからも音楽の指導を受けています。これらの教育を通じて、エリザベスは作曲家としての基礎を築いていきました。

作曲スタイルと発展

エリザベスは、アルノルト・シェーンベルクの十二音技法をイギリスに導入した人物として知られています。しかし、彼女は単に技法を模倣するのではなく、独自の解釈を加え、個人的なセリエリズムを創り上げました。グスタフ・マーラーのような「過剰な音」に不満を感じ、代わりに希薄なテクスチュアを好んだ彼女の音楽は、独特の緊張感と美しさを併せ持っています。

彼女の初期の作品である『9楽器のための室内協奏曲第1番』（1939年/1940年）は、アントン・ヴェーベルンの影響を受けていますが、それ以前から、エリザベスはヘンリー・パーセルなどの古いイギリス音楽にインスパイアされた技法も用いていました。

エリザベスの私生活は、音楽に大きな影響を与えました。1933年に結婚しましたが、幸福な結婚生活を送ることができず、1938年にエドワード・クラークと駆け落ちします。クラークは、シェーンベルクに師事した指揮者であり、BBCのプロデューサーでもありました。この出会いが、エリザベスのセリー技法を確立する決定的な要因になったと考えられます。ただし、エリザベスは必ずしも十二音技法に固執していたわけではなく、独自の十四音列を使用するなど、常に創造性を追求していました。

エリザベスはクロード・ドビュッシーの音楽を愛し、ルイージ・ダッラピッコラとも親交がありました。しかし、厳格なセリエリズムに対する彼女の否定的な見解は、他の十二音技法を用いる作曲家たちとの間に摩擦を生じさせることもありました。彼女の音楽は、中心音がないにもかかわらず、自然さと整然とした構造を保っており、「驚くべき業績、完全に個人的なセリーのスタイルと独創的な構成の明示」と評されています。

エリザベスは、指揮者のアイリス・ルメール、ヴァイオリニストのアン・マクナーテンと共に、コンサート活動も積極的に行い、ベンジャミン・ブリテンやエリザベス・マコンキーなどの同時代の作曲家たちを紹介しました。彼女にとって、作曲は単なる趣味ではなく、生き方そのものでした。委嘱の有無に関わらず、毎日数時間を作曲に費やしましたが、家庭の事情や社交的な活動によって、孤独な環境で作曲せざるを得ない状況もありました。

後半生と映画音楽

1947年、エリザベスはアルチュール・ランボーの詩に曲を付けたカンタータ『O Saisons, O Châteaux』で成功を収めました。BBCは当初その公演を拒否しましたが、後に彼女の作品を初演するようになりました。1960年代後半には、エリザベスの音楽はより大きな支持を得るようになり、多くの委嘱を受けました。その中には、『Quincunx』（1959年 - 1960年）や『ピアノ・ソロ、木管、ハープと打楽器のための交響曲』（1961年）などがあります。

1960年代から、エリザベスはハマー・フィルム・プロダクションなどのホラー映画の音楽を手がけるようになります。彼女が作曲した映画音楽には、『ラブ・ハント講座』（1960年）、『テラー博士の恐怖』（1965年）、『がい骨』（1965年）などがあります。彼女は、ドキュメンタリー映画やBBCのラジオ・テレビ番組、劇付随音楽も作曲し、その多作ぶりは業界で有名でした。その際「あなたが望むのは、良い仕事？　それとも水曜日？」という皮肉を言ったとされています。

1969年、エリザベスは大英帝国勲章のCBEを受勲しました。1972年には、自伝『A Goldfish Bowl』を出版し、自身の人生を振り返りました。晩年は、アリソン・ボールド、ブライアン・エリアス、ロバート・サクストンなどの若い作曲家たちを個人的に指導しました。また、リチャード・ロドニー・ベネットの相談相手にもなりました。

音楽遺産と評価

エリザベスは、その好戦的で独特なキャラクターと「感覚に訴える美しさ」と評される音楽のため、20世紀の古典的な音楽規範に従う作曲家の中で、自分の居場所を確立するのに苦労しました。現在でも、彼女の音楽は演奏される機会が少なく、録音も限られています。また、ヘンリー・リードのラジオ・ドラマに登場するヒルダ・タブレット夫人のモデルの一人とも言われています。

エリザベス・ラッチェンスの作品は、室内楽曲、声楽曲、器楽曲、管弦楽曲、舞台作品など多岐にわたります。代表作には、弦楽四重奏曲、室内協奏曲、カンタータ、オペラなどがあります。彼女の音楽は、その革新的なスタイルと豊かな表現力により、後世の作曲家たちに大きな影響を与えました。

代表作品

以下に、エリザベス・ラッチェンスの代表的な作品を挙げます。

室内楽曲
弦楽四重奏曲第1番 Op.5 no.1（1937年）
弦楽四重奏曲第2番 Op.5 no.5（1938年）
弦楽三重奏曲 Op.5 no.6（1939年）
9楽器のための室内協奏曲第1番 Op.8 no.1（1939年 - 1940年）
弦楽四重奏曲第3番 Op.18（1949年）
5人の奏者のためのコンチェルタンテ Op.22（1950年）
弦楽四重奏曲第4番 Op.25（1952年）
クラリネットとピアノのための『Valediction』 Op.28（1953年 - 1954年）
2つのハープと打楽器のための『Capriccii』 Op.33（1955年）
10楽器のための『Six Tempi』 Op.42（1957年）
木管五重奏曲 Op.45（1960年）
弦楽五重奏曲 Op.51（1963年）
木管三重奏曲 Op.52（1963年）
弦楽三重奏曲 Op.57（1963年）
木管のための/複木管五重奏のための音楽 Op.60（1963年）
オーボエと13の楽器のための『Plenum II』 Op.92（1973年）
弦楽四重奏のための『Plenum III』 Op.93（1973年）

声楽作品
カンタータ『O Saisons! O Châteaux!』 Op.13（1946年）
ソリスト、合唱と管弦楽のための『Requiem for the Living』 Op.16（1948年）
無伴奏合唱のためのモテット『Excerpta Tractatus-logico-philosophicus』 Op.27（1951年）
ソリスト、合唱と管弦楽のための『De Amore』 Op.39（1957年）
モテット『The Country of the Stars』 Op.50（1963年）
ソプラノ、フルート、クラリネット、チェロとピアノのための『The Valley of Hatsu-Se』 Op.62（1965年）
テノールと11楽器のための『And Suddenly It’s Evening』 Op.66 （1965年）
テノール、合唱と管弦楽のための『Essence of Our Happinesses』 Op.69（1968年）
バスとピアノのための『In the Direction of the Beginning』 Op.76 （1970年）
話者、10のギターと打楽器のための『Anerca』 Op.77 （1970年）
ソプラノと弦楽三重奏のための『Requiescat』、イーゴリ・ストラヴィンスキーの追憶に（1971年）
合唱と管弦楽のための『Voice of Quiet Waters』 Op.84（1972年）

器楽曲
ピアノのための『5 Intermezzi』 Op.9（1941年 - 1942年）
ピアノのための『Piano e Forte』 Op.43（1958年）
ピアノのための『Five Bagatelles』 Op.49（1962年）
ギターのための『The Dying of the Sun』 Op.73（1969年）
ピアノのための『Plenum I』 Op.87（1972年）

小管弦楽曲
クラリネット、テナーサックス、ピアノと弦楽のための室内協奏曲第2番 Op.8 no.2（1940年）
バスーンと小オーケストラのための室内協奏曲第3番 Op.8 no.3（1945年）
ホルンと小オーケストラのための室内協奏曲第4番 Op.8 no.4（1946年）
弦楽四重奏と室内オーケストラのための室内協奏曲第5番 Op.8 no.5 （1946年）

管弦楽曲
3つの小品 Op.7（1939年）
3つの交響的序曲（1942年）
ヴィオラ協奏曲 Op.15（1947年）
管弦楽のための音楽第1番 Op.31（1955年）
管弦楽のためのコラール『Hommage a Igor Stravinsky』 Op.36
ソプラノ、バリトンと管弦楽のための『Quincunx』 Op.44（1959年 - 1960年）
ピアノと管弦楽のための音楽 Op.59（1963年）
Novenaria Op.67 no.1（1967年）

舞台作品
Infidelio Op.29（1954年）
オペラ『The Numbered』 Op.63（1965年 - 1967年）
Time Off? Not the Ghost of a Chance! Op.68（1967年 - 1968年）
Isis and Osiris Op.74（1969年）
The Linnet from the Leaf Op.89（1972年）
The Waiting Game Op.91（1973年）

エリザベス・ラッチェンスは、その独特な音楽スタイルと革新的な作曲技法により、20世紀音楽史における重要な人物の一人です。彼女の音楽は、今なお多くの音楽ファンや研究者たちによって注目され続けています。

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