エリザベット・バダンテール

エリザベット・バダンテール：思想と生涯

エリザベット・バダンテール（Élisabeth Badinter, 1944年3月5日 - ）は、フランスを代表する哲学者、歴史学者、作家、そしてフェミニストです。彼女の思想は、現代社会における女性のあり方、母性、そしてライシテ（政教分離）といった問題に深く関わっています。夫は著名な弁護士、政治家のロベール・バダンテールです。

来歴と主要な業績

バダンテールは1944年、フランスのオー＝ド＝セーヌ県ブローニュ＝ビヤンクールで生まれました。彼女の名を広く知らしめたのは、1980年に発表された『母性という神話』です。この著書でバダンテールは、伝統的に「本能」とされてきた母性愛は、実際には母親と子供の日常的な触れ合いの中で育まれる愛情であると主張しました。そして、母性愛を本能とする考え方は、父権的な社会イデオロギーによって作られた幻想であると批判しました。この著作は、女性学において先駆的な役割を果たし、その後のフェミニズム運動に大きな影響を与えました。

バダンテールは、移民女性の権利に特に重点を置きながら、フェミニズムや社会における女性の立ち位置について、哲学的、社会学的な考察を続けています。

思想的立場

バダンテールは「フランスのジェンダースタディーズの最高権威」と評されることもありますが、彼女の研究はジェンダー論に限定されません。むしろ、幅広い歴史研究も行っており、フランスにおけるジェンダー研究は、エレーヌ・シクスーやパリ第8大学の「女性学・ジェンダー研究センター」の研究者らが主導的な役割を担っています。

『母性という神話』において、バダンテールは母性本能という概念を批判し、母性愛は女性が子供と関わる中で形成されるものと主張しました。また、女性に対する暴力は断固として糾弾すべきであるとしながらも、女性を「犠牲者化」するラディカル・フェミニズムを批判し、アンドレア・ドウォーキンやキャサリン・マッキノンらの思想に反対しました。

フランスの男女同数制（パリテ）については、「性差は存在するが、それが役割や役職を決定するものではない」として、男女の役割を固定化するような考え方を批判しています。シモーヌ・ド・ボーヴォワールについては、彼女の普遍主義的な思想が、女性の権利擁護に貢献したと評価する一方で、女性の生物学的側面を軽視した点を批判しています。

バダンテールの思想は、普遍主義とライシテを重視するフランス社会の文脈において理解する必要があります。彼女は、共同体主義的なアプローチを取る英米のフェミニズムとは一線を画し、ライシテこそが女性の自由を守るための不可欠な要素であると主張しています。そのため、イスラム教徒女性の服装に関する議論など、社会問題についても積極的に発言し、物議を醸すこともあります。

彼女のライシテに対する徹底した姿勢は、「ライシテなくしてフェミニズムは存在しない」という言葉に端的に表れています。バダンテールは、個人の自由、特に女性の自由は、ライックな国家の中立性において議論されなければならないと主張しています。

栄誉と著書

バダンテールの功績は高く評価されており、芸術文化勲章コマンドゥール（2010年）、モナコ文化功労勲章コマンドゥール（2011年）を受章しています。しかし、夫ロベールと同様に、レジオン・ドヌール勲章および国家功労勲章は受章を拒否しています。

彼女の著作は数多く、邦訳されたものには『母性という神話』、『ふたりのエミリー ― 十八世紀における女性の野心』、『男は女、女は男』、『XY ― 男とは何か』、『迷走フェミニズム ― これでいいのか女と男』などがあります。これらの著作を通じて、バダンテールは現代社会における女性のあり方について、深く、そして多角的な考察を提供しています。

エリザベット・バダンテールの思想は、現代のフェミニズムや社会における女性の役割を考える上で、重要な視点を与えてくれるでしょう。

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