エルゴメトリン

エルゴメトリン（Ergometrine）

概要

エルゴメトリンは、エルゴノビンとも称される医薬品で、主に産科分野において重要な役割を果たします。特に、分娩時やその後の重篤な産道出血を管理するために用いられます。この薬剤は、子宮の収縮を強力に促し、出血の予防および治療に効果を発揮します。また、子宮の回復不全や帝王切開術後のケア、さらには流産や人工妊娠中絶に関連する処置においても使用されることがあります。

投与方法と薬効

エルゴメトリンは、様々な経路で投与することが可能です。内服、静脈内注射、皮下注射、筋肉内注射といった方法が選択されます。内服による投与では、おおよそ15分以内に薬効が現れ始めますが、注射による投与はさらに迅速な効果をもたらします。一度投与されたエルゴメトリンの効果は、通常45分から最長で180分ほど持続します。

作用機序

この薬剤の作用は、平滑筋、とりわけ子宮筋に対する強力な収縮効果に基づいています。エルゴメトリンは、α-アドレナリン受容体、ドーパミン受容体、そしてセロトニン受容体（特に5-HT2受容体）など、複数の受容体に作用することが知られています。これらの受容体を介した作用により、子宮の平滑筋を収縮させ、出血部位の血管を狭めることで止血効果を発揮します。ただし、特定の受容体に対する作用の特異性については、まだ完全に解明されているわけではありません。

産科領域での主要な用途に加え、エルゴメトリンは冠動脈の攣縮を引き起こす特性も持っています。この性質を利用して、冠攣縮性（Prinzmetal）狭心症の診断のために用いられることもあります。エルゴメトリン負荷試験によって誘発される冠攣縮が、自然発生的な狭心症発作時の病態と類似していることが確認されており、確定診断の一助とされています。しかし、冠攣縮が遷延し、重篤な不整脈や血圧低下を引き起こす可能性もあるため、使用には十分な注意が必要です。

副作用と安全性

エルゴメトリンの使用には、いくつかの副作用が報告されています。比較的よく見られるものとしては、吐き気、嘔吐、腹痛、下痢、頭痛、めまい、耳鳴りなどがあります。より深刻な副作用としては、胸痛、動悸、徐脈、一過性の高血圧、その他の不整脈、呼吸困難、発疹、さらにはショック状態に陥る可能性も指摘されています。過量に投与された場合には、特徴的な中毒症状が現れることがあります。これは「麦角中毒（ergotism）」、あるいは歴史的には「聖アントニーの火」とも呼ばれ、血管の持続的な攣縮により組織の壊死や四肢の切断に至る危険性があります。また、幻覚、認知症といった精神神経系の症状や、妊娠中の場合は中絶を引き起こす可能性もあります。消化器系の異常としては、下痢や吐き気、嘔吐などが一般的です。エルゴメトリンは、妊婦、血管系の疾患を持つ患者、精神病の既往がある患者には禁忌とされています。

歴史

麦角菌が産生するアルカロイドの薬理作用は、古くから経験的に知られており、特にヨーロッパでは助産師によって数世紀にわたり利用されてきました。しかし、その作用機序が科学的に解明され、安全な使用法が確立されたのは20世紀に入ってからです。特に、分娩後の出血に対する効果が注目されましたが、一方で堕胎作用や麦角中毒の危険性も認識されたため、その使用は慎重を要するものとなり、主に分娩後の出血管理に限定されるようになりました。エルゴメトリンが化学的に単離されたのは1935年のことで、化学者C. MoirとH.W. Dudleyの功績とされています。キャロライン・ド・コスタは、20世紀初頭の西洋における妊産婦死亡率の低下に、エルゴメトリンを分娩時の出血予防・治療に導入したことが大きく貢献したとされています。

重要性と規制

エルゴメトリンは、その有効性と安全性から、世界保健機関（WHO）が定める必須医薬品リストに掲載されており、基本的な保健システムにとって不可欠な薬剤と位置づけられています。経済的な側面では、開発途上国における卸売価格（2014年時点のデータ）は、注射用量で比較的安価であり、内服薬はさらに低コストであると報告されています。一方で、リゼルグ酸ジエチルアミド（LSD）の合成前駆物質となるため、多くの国で法的な規制の対象となっています。例えば、米国では規制物質リストに挙げられており、英国でも薬物乱用法に基づき、譲渡が違法とされています。その合成アナログであるメチルエルゴメトリンなども存在します。

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