エルネスト・ナザレー

ブラジルの著名なピアニストであり作曲家、エルネスト・ジュリオ・ナザレー（1863年3月20日 - 1934年2月4日）は、その生涯全てをリオ・デ・ジャネイロで過ごしました。彼は国内の豊かな民族音楽、特に「ブラジル風タンゴ」やショーロといったジャンルから深く影響を受けたピアノ曲を数多く作曲しました。その独特な作曲姿勢から、しばしば「ブラジルのショパン」と称されていました。

ナザレーは正規の音楽教育をピアノ以外には受けていなかったため、残された作品は主にサロン小品や声楽曲に限られています。管弦楽や室内楽、カンタータのような大規模な作品はなく、作曲技法も必ずしも高度に洗練されているわけではありませんでした。しかしながら、民衆音楽のエッセンスを取り入れて切り開いた独自の素朴な表現は、後に大作曲家エイトル・ヴィラ＝ロボスから「ブラジルの魂」と称賛されることになります。

経済的に恵まれない下級官吏の家庭に生まれたナザレーは、ショパンを愛する母親からピアノの基礎を学びました。幼少期から非凡な音楽的才能を示し、家族ぐるみの付き合いがあったアフロ＝アメリカンの作曲家、リュシアン・ランベールからも音楽的な手ほどきを受けています。1873年に母親を亡くした後もピアノ学習を続け、間もなく作曲も始めました。14歳になるまでに作曲・出版された最初の作品は、ポルカ『ボセ・ベン・サービ（あなたはよく御存知）』でした。その後はショーロの音楽家たちと積極的に交流し、鋭敏で個性的なリズム感覚を磨いていきました。マシシェやルンドゥ、ショーロ、さらにはアフリカ系住民のダンスなど、ブラジルの多様な民族舞曲からインスピレーションを得ています。

ナザレーは長年にわたり、リオのオデオン座という映画館で待合室のピアニストを務めていました。彼の最も有名な作品の一つである『オデオン』はこの場所から生まれたとされています。ブラジルを訪れた数少ない外国人音楽家の中には、オデオン座でのナザレーの演奏を見学した者もいたと言われます。

1920年代初頭には、楽器店のピアニストとして働くようになります。彼の仕事は、顧客が購入を検討している楽譜をその場で演奏し、客の要望に応えるかどうかを確認することでした。興味深い逸話として、客が自分でナザレー作品の楽譜を弾こうとすると、彼はそれを止めさせ、その解釈が間違っていると指摘することがしばしばだったそうです。

1920年代に入ると聴覚に異常を来たし始め、その状態は晩年にかけて悪化の一途をたどりました。さらに、娘と妻を立て続けに亡くしたことで深い精神的な傷を負い、心の病も進行していきました。1933年には精神病院に収容されますが、翌年に脱走し、行方不明となりました。懸命な捜索の結果、やがて森の中の滝壺で変死体として発見されます。検視の結果、死因は溺死と断定されました。

ナザレーは根っからのブラジル人音楽家であり、音楽が人々に喜びをもたらすことを第一に考えており、難解さを追求することはありませんでした。ほとんど独学であり、その音楽活動の多くは劇場や映画館の伴奏ピアニストとして、あるいは小編成アンサンブルのメンバーとしての演奏に費やされました。オデオン座で活動していた頃には、後にブラジルを代表する作曲家となるヴィラ＝ロボスがチェリストとして同じアンサンブルに在籍しており、交流がありました。ナザレーはショーロの発展において重要な役割を果たし、ヴィラ＝ロボスも彼の音楽を基盤として自らの創作を展開していきました。

ナザレーの音楽はブラジルの民族音楽だけでなく、幼少期に熱心に学んだショパンから受けた影響も顕著です。また、1869年にリオを熱狂させ、ブラジル楽壇を席巻したゴットシャルクの作風にも親しんでいました。彼の作品には、19世紀ヨーロッパのクラシック音楽の豊かな和声が響き渡る一方で、ブラジルのシンコペーションを多用した民族舞曲のリズムが巧みに織り込まれています。さらに、アメリカのラグタイムや初期ジャズが持つ軽快なリズム感も取り入れています。これらの多様な要素を独自の有機体へと統合する能力こそがナザレーの特異性であり、その結果、ピアノ曲のレパートリーだけでなく、20世紀の音楽全体にも重要な貢献を果たしています。

ナザレーがショパンやその他のヨーロッパの作曲家から霊感を受けたように、彼自身もまた、間接的ではありますが、ヨーロッパの作曲家に影響を与えています。フランスの作曲家ダリユス・ミヨーは、自伝の中でブラジル滞在中にリオの映画館でナザレーがピアノを演奏する場面を鮮やかに回想しています。ミヨーはその音楽のリズムにすぐに魅了され、ブラジル音楽を探求することを決意したと述べています。その探求の結実が、ミヨーのピアノ曲集『ブラジルの想い出』です。

「ブラジルのショパン」という呼び名がありますが、ナザレーは作品に副題を好んで付けた点でショパンとは異なり、ショパンやフォーレよりもヨーロッパのサロン音楽の伝統に忠実だったと言えます。しかし、19世紀から20世紀初頭にかけてヨーロッパでサロン小品にフランス語の題名を付ける習慣が根強い中、ナザレーは母語であるポルトガル語にこだわりました。また、ドビュッシーやラヴェルのように美術や文学からのインスピレーションを暗示したり、リストのように詩的な連想を呼び起こしたりするような題名ではなく、ナザレーの曲名は、時に外部の人間には謎めいて聞こえるものもありますが、実際には彼の日々の生活の身近な出来事、例えばスポーツチームやダンスクラブ、雑誌名などから取られたものでした。こうした点から、『ブラジルのショパン』というよりは、むしろ『ブラジルのクープラン』と称する方が適切だという見方もあります。

およそ300曲に及ぶピアノ小品において、ナザレーはブラジル大衆舞曲の本質を見事にとらえています。彼の作品は主に都市の聴衆のために作曲されましたが、ブラジルで奴隷制が廃止された後も、アフリカ系民族音楽の豊かな影響が息づいています。多くの曲にスコット・ジョプリンが用いたようなシンコペーションが使われています。ナザレーのピアノ曲には、ブラジルのありとあらゆるダンスのリズムが盛り込まれています。マシシ、バトゥーキ、サンバ、そして中でも重要なのがタンゴです。特に「ブラジル風タンゴ」の発展にナザレーは深く関わり、このジャンルに優に100曲を残しました。世界中で人気を博したタンゴが、実はブラジル生まれである、あるいは少なくともナザレーがその形成に大きく貢献したという説もあります。

彼の最も有名な作品には、『ブレジェイロ（ろくでなし）』『アメノ・ヘゼダ』『バンビーノ（赤ん坊）』『トラベッソ（腕白坊主）』『フォン・フォン』『テネブローズ（暗闇）』などがあります。ナザレー自身が初めて「ショーロ」と名付けたとされる作品のうち、『アパニェイチ・カヴァキーニョ（頑張れカバキーニョ）』は、様々な楽器編成で演奏されるショーロの古典的名作となっています。

晩年、完全に聴覚を失ったことで創作活動にも困難を抱えましたが、ブラジル国内でのナザレーの人気は衰えることはありませんでした。ゴットシャルクやジョプリンの音楽を愛する人々であれば、ナザレーの残した魅力的な作品群にもきっとすぐに惹きつけられるでしょう。作曲者の死後半世紀を経て、近年ナザレー作品のアルバム制作が世界的に活発に行われています。また、伝記や関連する資料集も発表されており、クラシック音楽とポピュラー音楽の橋渡しをする存在として、学習教材としてもその価値が見直されています。

もう一度検索