エルメス (宇宙船)

概要

エルメス（Hermes）は、1980年代に構想され、フランスおよび欧州宇宙機関（ESA）によって計画された再利用型の有人宇宙往還機です。しばしば「欧州版スペースシャトル」と位置づけられた本計画は、ヨーロッパ独自の宇宙への自立的なアクセス手段を確立することを目的としていましたが、最終的に1992年に計画は中止されました。

計画の経緯

本計画は、1980年代前半にフランスの宇宙機関であるフランス国立宇宙研究センター（CNES）が独自に検討を開始したことに端を発します。当時、ソ連やアメリカが再利用可能な宇宙往還機を開発・運用する中で、ヨーロッパも同様の能力を持つことの重要性が認識されました。当初はフランス単独での開発も視野に入れられましたが、その実現には莫大な開発費用が見込まれたため、計画は欧州宇宙機関（ESA）の枠組みでの共同プロジェクトへと移行しました。1987年にはESAの計画として正式に承認され、詳細な設計や技術開発が進められました。計画実現の暁には、国際宇宙ステーション（ISS）への人員や物資輸送手段として活用されることも想定されていました。

機体の特徴と仕様

エルメスは、欧州が開発を進めていた新型大型ロケット「アリアン5」の上部ペイロード部に搭載されて打ち上げられる方式でした。初期の構想では全長15メートル級で乗員2名での運用が検討されていましたが、計画の進展とともに設計は見直されました。最終段階で検討されていた仕様では、機体全長は約19.00メートル、乗員は最大3名とされ、加えて最大3,000キログラムの与圧された貨物を輸送する能力を持つ予定でした。

機体構造は、地球大気圏に再突入して帰還するスペースプレーン本体と、打ち上げ時や軌道上での電力供給、推進などを担う円錐状の「リソースモジュール」が結合された構成でした。運用では、リソースモジュールは大気圏再突入前に切り離され、スペースプレーン本体のみが単独で大気圏に突入し、滑空飛行によって地上に設けられた滑走路に着陸するというものでした。計画上の打ち上げ時総重量は約21,000キログラムと見積もられており、これは当時のアリアン5ロケットが打ち上げ可能なペイロードの設計上限に近い値でした。

計画中止の背景とその後

エルメス計画は技術的な課題解決に向け着実に進捗していましたが、1990年代初頭に欧州経済が低迷期に入り、各国政府の財政状況が悪化しました。これにより、ESAの加盟国から得られる予算にも制約が生じ、多額の開発費用を必要とするエルメス計画の継続が困難となりました。結果として、ESAは1992年に本計画の中止を決定しました。

エルメス計画の中止は、欧州独自の有人宇宙飛行能力の獲得という大きな目標にとっては挫折となりました。しかし、本計画のために開発が進められていたアリアン5ロケットは、計画中止後も開発が継続され、後に欧州の商業衛星打ち上げを担うアリアンスペース社の主力大型ロケットとして成功を収め、欧州の宇宙輸送能力を長期にわたり支えました。また、欧州は国際宇宙ステーション計画には、アメリカのスペースシャトルによる輸送に加えて、独自の無人補給機である「欧州補給機（ATV）」を開発・運用することで貢献しました。

エルメス計画で得られた技術的な知見は、その後の欧州における宇宙輸送システムや再利用技術に関する研究開発に引き継がれた側面もあります。リフティングボディによる大気圏再突入技術の実証を目的とした無人実験機「IXV（Intermediate eXperimental Vehicle）」のような後続の技術実証計画も、エルメス計画の経験が間接的に活かされた事例と言えるでしょう。

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