エルンスト・マイ

エルンスト・マイ（Ernst May、1886年 7月27日 - 1970年 9月11日）は、20世紀前半に活躍したドイツの建築家および都市計画家です。特にドイツのワイマール共和国時代、フランクフルト・アム・マイン市における大規模な集合住宅地（ジードルング）開発で知られ、「住宅地の作家」と称されました。その活動はドイツ国内にとどまらず、1930年代にはソビエト連邦で多数の都市計画プロジェクトに関与し、その後はアフリカ大陸にも近代主義建築と都市計画の理念をもたらすなど、国際的な舞台で重要な役割を果たしました。

経歴

マイはフランクフルト・アム・マインの裕福な家庭に生まれました。彼の家は革製品工場の経営者であり、祖父は市議会で民主勢力の指導者を務めるなど、地域に根ざした家庭環境で育ちました。フランクフルトで絵画の基礎教育を受けた後、建築を志しイギリスへ渡ります。1906年から約1年間、ロンドン大学で建築学を学びました。帰国後、ダルムシュタットでの兵役を経てミュンヘン工科大学に進学。ここではドイツ工作連盟の設立者フリードリヒ・フォン・ティールシュやテオドール・フィッシャーら著名な建築家から指導を受け、その思想に影響を受けながら研鑽を積みました。

再びイギリスに渡ったマイは、1910年から2年間滞在し、都市計画家レイモンド・アンウィンのもとで田園都市の理論と実践を学びます。アンウィンの社会主義思想に共鳴し、計画業務に従事する傍ら、彼の著作をドイツ語に翻訳して出版するなど、イギリスでの経験は後の都市計画思想の基盤となりました。

1913年にフランクフルトで独立しますが、翌年には第一次世界大戦が勃発し、兵役に就きフランス西部戦線へ送られます。この戦争中、フランス各地の風景をスケッチに残しています。1917年からは軍の建築技師として、フランスやルーマニアで戦没者墓地の設計・建設に携わりました。

終戦後、1919年からはブレスラウ（現ポーランド領ヴロツワフ）の景観行政担当部局に勤務し、ハイナウやオーラウなどで集合住宅地の建設を推進しました。1921年には建築雑誌『Schlesisches Heim』を創刊し、情報発信にも力を入れます。同年のブレスラウ都市開発設計競技では、衛星都市を基盤とした斬新な計画案でチームを優秀賞に導き、アンウィンによって広く紹介されたことで、都市計画家としての名声が確立されました。

1924年にはアムステルダムで開催された都市国際会議に参加し、広域地域計画の重要性を認識。ブレスラウでその実践に取り組みました。そして1925年、大きな転機が訪れます。フランクフルト市のルドルフ・ラントマン市長（社会民主党）から、住宅計画の中心的役割を担う建設局長として招かれ、その任に就きました。社会主義政権下にあったフランクフルト市で、マイは1930年まで「新フランクフルト」計画と呼ばれる大規模な都市マスタープランの策定を指揮しました。この計画では、貧困層向けのスラムクリアランスと、健康的な住環境を備えた良好な住宅地の大量供給を目指しました。自らは広域圏や都心拡張計画を担当し、アドルフ・マイヤーら他の建築家と協力して多くのジードルングを設計・建設しました。

フランクフルト時代には、住宅設計だけでなく、生活の合理化にも取り組みました。1926年にはオーストリアの建築家マルガレーテ・シュッテ＝リホツキーらと共に、主婦の動きを分析して生まれた機能的なユニットキッチン「フランクフルト・キッチン」を開発しました。これらの住宅ユニットの効率的な供給のため、プレファブ（工場生産方式）の導入にも積極的で、関連工場の建設も手がけました。また、定期的な雑誌発行を通じて国内外に情報を発信し、フランクフルトにおける一連の革新的な住宅・都市計画は世界的に注目を集めました。

1927年から1929年にかけては、ドイツ工作連盟展やCIAM（近代建築国際会議）にサブリーダー格として参加し、当時のソビエト連邦で都市計画に関する講演会に招かれるなど、国際的な活動の幅を広げました。しかし、ドイツ国内でナチスの台頭が顕著になると、マイは政治的状況を憂慮し、1930年にマルト・スタム、ハンス・シュミットらフランクフルト市のスタッフを引き連れてソビエト連邦へ活動拠点を移します（このグループは「エルンスト・マイ旅団」と呼ばれました）。

ソ連では、チェコムバークやスタンダルトゴルプロエクトに雇用され、1934年までの契約期間内に、大モスクワ拡張計画やマグニトゴルスク、ノヴォクズネツクなど、ロシア、ウクライナ、カザフスタンにわたる多数の新興工業都市の都市計画に深く関与しました。彼のチームは近代的な都市機能や住宅供給システムを導入しようと試みましたが、任期満了後アカデミズムへ移ると、ソ連の気候風土や社会システムとの相違から技術的・運用上の問題に直面することも少なくありませんでした。

1934年、ソ連での活動に区切りをつけ、イギリス統治下の東アフリカへ渡ります。1952年までの約18年間、アフリカに滞在しました。当初タンガニーカ（現タンザニア）で農業に従事した後、再び建築活動を再開。過酷な熱帯の気候条件に対し、科学的なアプローチで解決策を模索しました。第二次世界大戦中の1944年には、ドイツ人であるという理由からイギリス軍に拘束され、南アフリカで軟禁生活を送る経験もしました。釈放後はケニアのナイロビに移り、ウガンダのカンパラをはじめとする都市の整備計画や公共建築の設計を手がけました。

1954年にドイツへ帰国。ハンブルクを拠点に活動を再開し、1956年まで市の計画部に勤務。大規模な公営住宅団地や各地の都市拡張計画に携わりました。1957年にはその職を辞し、ダルムシュタット工科大学の教授に就任。後進の指導にあたりながら、晩年まで建築・都市計画に関わり続けました。

エルンスト・マイは、単なる建築設計者ではなく、大規模な都市計画、住宅供給のシステム化、生活の合理化といった広範な領域で活動し、20世紀の都市づくりに大きな影響を与えた人物です。彼の国際的な経験は、それぞれの地域の特性に応じた計画の重要性を示すものでした。

代表作

エルンスト・マイ・ハウス
ブレスラウ衛星都市計画・都市広域拡張計画（1921-1924年）
フランクフルト市都市マスタープラン「新フランクフルト」
フランクフルト市ニッダ渓谷地整備計画
フランクフルト市ジードルング・レーマーシュタット（1928年）
フランクフルト市ジードルング・ブルッフフェルト通り（1929年）
フランクフルト市ジードルング・ヴェストハウゼン（1926-1931年）
フランクフルト市ジードルング・プラウンハイム（1926-1930年）
フランクフルト市リートホーフ・ヴェスト（1927-1930年）
フランクフルト市アム・リンデンバウム（ヴァルター・グロピウスと共同）
ソ連マグニトゴルスク都市計画（1930年）
ソ連ノヴォクズネツク都市計画（1931年）
ソ連大モスクワ拡張計画
ソ連住宅標準化計画（プレファブリック）（1932年）
ソ連各地の多数の都市計画（ボロフスク、ニジニ・ノヴゴロド改定、オムスク、ケメロヴォバウハウス、スターリンスク、プロコピエフスク、ニジニ・タギル、アフトロストイ、カラガンダ、ティルガン、ツェグロフスク、レーニンスク＝クズネツキーなど）
ハンブルク新アルトナ都市拡張計画
ブレーマーハーフェン都市拡張計画
ヴィースバーデン都市拡張計画

参考文献

今井兼次著『今井兼次著作集作家論I』中央公論美術出版、1994年
藤岡洋保著『新しい住宅を求めて近代の住宅をつくった建築家たち』関西ビジネスインフォメーション、1992年

（その他、ソヴエトにおける社会主義都市の建設に関する論考、フランクフルトの歴史的住宅団地に関する研究などを参照）

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