オスマン帝国領エジプト

オスマン帝国領エジプト：500年の興亡

オスマン帝国領エジプトは、1517年から1914年まで続いたオスマン帝国の支配下にあったエジプトの歴史です。マムルーク朝を滅ぼしたセリム1世による征服から、イギリスの保護領となるまでのエジプトの変遷をたどります。

オスマン帝国の支配確立とエジプトの反乱 (16世紀)

1517年、オスマン帝国のスルタン、セリム1世がマムルーク朝を滅ぼし、エジプトを併合しました。当初、エジプトはオスマン帝国の州（エヤレト）として、イスタンブールから派遣された総督（ワーリー）によって統治されることになりました。

しかし、マムルーク朝時代から続くマムルークの勢力は根強く、彼らは行政や軍事において大きな影響力を保持し続けました。そのため、オスマン帝国の支配は常に不安定であり、総督とマムルークの間で権力闘争が頻発しました。

1524年には、総督ハイン・アフメト・パシャが反乱を起こし、自らスルタンを宣言する事態も発生しました。しかし、この反乱はすぐに鎮圧され、アフメト・パシャは処刑されました。

スレイマン1世の時代には、大宰相パルガル・イブラヒム・パシャが派遣され、エジプトの行政制度を体系化するカーヌーン・ナーメが制定されました。これにより、オスマン帝国の支配体制は一応の安定を見ましたが、依然としてマムルークの抵抗はくすぶり続けました。

16世紀末から17世紀初頭にかけては、財政難やインフレーションの影響で兵士たちの反乱が頻発しました。1604年には、総督イブラヒム・パシャが兵士たちに殺害されるという事件も起きています。

1609年には、反乱軍団と総督の間で内戦ともいえる戦いが勃発しましたが、新任の総督クルクラン・メフメト・パシャによって鎮圧されました。この事件は、「オスマン帝国による第2のエジプト征服」と評されています。

ベイ勢力の台頭 (17世紀)

クルクラン・メフメト・パシャによる鎮圧後も、ベイと呼ばれる有力者たちの影響力は増大していきました。ベイたちは徴税請負権を獲得し、経済力を背景に勢力を拡大していきました。

ベイたちは主従関係を結んでバイト（家、一族）を中心とした軍事集団を作り、党派を形成していきました。こうした党派はやがてチェルケス人系マムルークを中核としたフィカーリーヤと非マムルーク系軍人を中核としたカースィミーヤという二大派閥へと収斂していきました。

オスマン帝国が任命した総督の権威は衰え、ベイたちの権力が増大するにつれて、総督の地位は左右される事態も発生しました。1623年には、新たな総督の着任を拒否する役人たちが、オスマン宮廷に書簡を送るという事件も起きています。

また、1630年には、新たな総督が軍団の怒りを買い、辞任を余儀なくされるという事件も発生しました。総督は現地軍に対抗するための支援をスルターンから得られず、財政上の理由で定期的に罰金を科せられました。エジプトはこの時代に飢餓と疫病に苦しめられ、1619年には疫病で635,000人が死亡したと言われています。

17世紀後半には、キョプリュリュ家による中央政府の改革が行われ、エジプトでも税収増大が試みられましたが、これは完遂しませんでした。

イェニチェリの進出と派閥闘争

17世紀の間、総督の重要性は低下し、オスマン帝国の中央政府もベイたちが実権を握る状況を黙認する傾向を強めていました。同時に、イェニチェリ軍人たちがエジプト政界での発言権を拡大させ始めました。

イェニチェリ軍団は、駐留する2つの歩兵軍団のうちの1つであり、もう一つの歩兵軍団であるアザブとの対立を深めました。両軍は既にエジプト政界における中心勢力となっていた派閥と連携し、イェニチェリがフィカーリーヤ、アザブがカースィミーヤと結びつきました。

両派は対立を深め、1711年には武力衝突に至りました。1718年には、イスマーイール・ベイがシャイフ・アル＝バラド（カイロの長、ベイたちの首位であることを意味する）という称号を初めて授与されました。この頃以降、シャイフ・アル＝バラドの私邸で行われる会議が政策決定の場としての重要性を増していきました。

一連の騒乱の中で、イェニチェリ軍団内に形成された軍事集団の1つであるカーズダグリーヤの影響力が大幅に増しました。カーズダグリーヤの構成員であったイェニチェリ兵士たちは、アナトリア系の軍人を中心としていましたが、政権を獲得した後、大量に供給されたグルジア系とアブハジア系のマムルークに置き換わっていきました。こうしてカーズダグリーヤに所属するマムルーク・ベイたちがエジプトの事実上の統治者となっていきました。

アリー・ベイの反乱

その後まもなく、アリー・ベイ・アル＝カービルがエジプトでの権力を固め、要職を自分の配下のマムルークたちに任せました。

1769年、アリー・ベイは露土戦争のために、オスマン宮廷から12,000人の兵を集めることを要求されました。しかし、オスマン宮廷からアリー・ベイの処刑命令が下り、アリー・ベイはエジプトの独立を宣言しました。

アリー・ベイは北エジプトと南エジプトの両方で略奪行為を行う諸部族へ向けて遠征隊を派遣し、財政改革を行い、自身の支配地を統合しようと努めました。また、20,000人の軍隊がイエメンの征服のために送られました。そして、6か月のうちにアラビア半島の大部分がアリー・ベイの下に服しました。

1771年、アリー・ベイは自分の名前でコインを発行し、フトゥバ（金曜礼拝）において自らの名前に言及するように命じました。

同じ年に、アブー・アッ＝ザハブがシリアの征服に向かいましたが、アリー・ベイに不信感を募らせ、オスマン宮廷と秘密裏の交渉に入りました。彼はエジプトをオスマン帝国の宗主権の下に戻すことを約束し、シリアから引き上げると、カイロへと進軍しました。アリー・ベイはシリアへ亡命し、アクレで再起を図りましたが、1773年に敗北し、捕らえられてカイロで没しました。

フランスによる占領

アリー・ベイの死後、エジプトは今一度オスマン宮廷の支配下にはいり、パシャの称号も与えられたアブー・アッ＝ザハブがシャイフ・アル＝バラドとして統治しました。しかし、1798年にナポレオン・ボナパルトがエジプトに入り、フランスによる占領が始まりました。

ムラード・ベイとイブラーヒーム・ベイの指揮の下、マムルークを主体とするエジプトの軍団がフランス軍を迎え撃ちましたが、1798年7月21日のピラミッドの戦いはフランス軍の完勝に終わりました。フランス軍はカイロに進駐し、市議会を組織しました。

フランス軍によるカイロ入城直後の1798年8月1日、ネルソン提督率いるイギリス艦隊によってアレクサンドリアのアブキール湾に停泊していたフランス艦隊が壊滅させられました。一連の好ましくない改革の結果、征服者たるフランス軍と被征服者たるエジプト人の関係は日に日に緊張を増し、最後には1798年10月22日の家屋税の導入によってカイロで暴動が発生しました。

ナポレオンは1799年6月初頭にシリア遠征から帰還し、ムラード・ベイとイブラーヒーム・ベイはカイロでフランス軍に対する共同攻撃を試みましたが、打ち破られました。7月の最後の週、ナポレオンはシドニー・スミス卿が指揮するイギリス艦隊の支援でアブキールに上陸したオスマン帝国軍を完全に撃破しました。

ナポレオンは1799年8月にエジプトを去り、クレベールに自分に代わってエジプトを統治するよう命じました。1801年、イギリス軍とオスマン帝国軍によってフランス軍はエジプトから駆逐されました。

ムハンマド・アリー朝

フランスの侵攻から撤退までの騒乱の中で、急速に存在感を高めたのがムハンマド・アリーでした。ムハンマド・アリーは、アルバニア人不正規部隊の副隊長としてエジプトに派遣され、フランス軍との戦闘で頭角を現しました。

1805年、カイロでウラマーのウマル・マクラムらの主導する大規模なデモが発生し、ムハンマド・アリーが総督に推挙されました。オスマン帝国はこの現地による総督の指名を受諾せざるを得ず、彼を正式にエジプト総督として承認しました。

ムハンマド・アリーは総督位に就くと、自らを推戴したウマル・マクラムを排除し、将来の政治的ライバルとして台頭する可能性を除きました。さらに1811年にアラビア半島のサウード王国への出兵をオスマン帝国から要請されると、マムルークたちをカイロのシタデルに呼び集め殺戮しました。こうしてエジプトにおける支配権を盤石のものとしたムハンマド・アリーは、エジプトを独立勢力とすべくオスマン帝国と相対するようになっていきました。

ムハンマド・アリーは、軍制改革や産業振興などの近代化政策を推進し、エジプトの国力を増強しました。しかし、その過程でオスマン帝国との対立を深め、1830年代には2度にわたるエジプト・トルコ戦争を引き起こしました。

スエズ運河問題まで

ムハンマド・アリーの死後、エジプトはアッバース・パシャ、サイード・パシャ、イスマーイール・パシャといった後継者たちによって統治されました。

イスマーイール・パシャは、スエズ運河の建設を推進し、1869年に開通にこぎつけました。しかし、運河建設はエジプトにとって著しく不利な条件で進められ、巨額の対外債務が残されることになりました。

1875年、イスマーイール・パシャはスエズ運河の株式をイギリス政府に売却し、外国の介入が始まりました。1879年、イスマーイール・パシャは退位させられ、息子のタウフィーク・パシャが後継者となりました。

1882年、アラブ系士官のアフマド・オラービーが武力をもって国政の転換を図りましたが、イギリス軍によって鎮圧され、エジプトはイギリスの植民地支配下に置かれることになりました。

マフディーの反乱とイギリス

イギリスはエジプト支配化のスーダンで発生していたムハンマド・アフマド・アル＝マフディーによる反乱の脅威に対処するため、エジプトへの関与を深めました。

1885年、スーダンの首都ハルツームが陥落し、ムハンマド・アリー朝によるスーダン支配は一時崩壊しました。1899年、イギリスとエジプト副王政府の間でスーダン・コンドミニウム協定が締結され、スーダンはイギリスとエジプトの共同統治下に入りました。

イギリスとエジプト

イギリスはエジプトをインドと本国を結ぶ戦略上の要衝とみなし、現地の情勢を安定させる必要がありました。クローマー卿は財政・経済においてエジプトに目覚ましい復興をもたらし、灌漑設備の整備やアスワン・ダムの建設などを行いました。

しかし、イギリスのエジプト統治はあくまで本国の利益に資することを前提とするものであり、エジプト経済のモノカルチャー化が進展しました。

イギリスと「オスマン帝国領」の終焉

イギリスの支配が続く中、ムスタファ・カーメルら民族主義者による反英運動が活発化しました。

1914年、第一次世界大戦が勃発し、オスマン帝国が同盟側に立って大戦に参戦すると、イギリスはアッバース・ヒルミ2世を退位させるとともに、エジプトを一方的に保護領として宣言し、オスマン帝国から完全に切り離しました。

第一次世界大戦に協商側が勝利したことによってこの処置は確定し、オスマン帝国領エジプトの時代は終わりを迎えました。

行政区分と軍団

オスマン帝国は、エジプトを征服した後、マムルーク朝によって作られた行政区分を継承しました。エジプトには常駐する7軍団が存在し、その軍団長たちは総督府で開かれる定例会議に参加する有力者であり、エジプト政界の重要ファクターとして大きな影響力を振るいました。

ベイ

オスマン帝国時代のエジプトで重要な役割を果たしたのはベイと呼ばれた有力者たちでした。エジプトのベイは、オスマン帝国の領土であった他の地域におけるベイと同一の称号を用いていましたが、エジプトにおいては特異な形態を取りました。

エジプトのベイの大部分はマムルークの出身でしたが、無視できない数の例外が含まれていました。ベイたちは一族郎党で構成される「バイト」（家）と呼ばれる軍事集団を形成し、派閥を形成していきました。

統治者の一覧

• - オスマン帝国のエジプト総督一覧（1517年-1805年）
• - ムハンマド・アリー朝の君主一覧（1805年-1914年）
• - エジプトの大宰相一覧（1857年-1878年）

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