オスマン時代のブルガリア

オスマン帝国統治下のブルガリア（14世紀末～18世紀末）

この期間は、14世紀末にオスマン帝国によって第二次ブルガリア帝国が征服されてから、18世紀末の民族再生運動（ブルガリア民族覚醒）直前までの時期にあたります。この時代は、ブルガリアが他のヨーロッパのキリスト教国とは異なる道を辿ることを余儀なくされ、その後の歴史に大きな影響を与えました。

歴史

オスマン帝国はブルガリアをルメリアという行政区画に編成し、ベイレルベイ（総督）を派遣して統治しました。一般的に、この時代のオスマン帝国によるブルガリア支配は、抑圧と暴政というイメージが強く、ブルガリアの歴史において暗黒時代と見なされることもあります。しかし、近年の研究では、オスマン帝国による暴力的な行為の多くは、反乱への対処として生じたものであり、ブルガリア人が常に抑圧されていたわけではないという指摘もされています。

オスマン帝国初期のバルカン半島では経済発展が見られ、多くの非イスラム教徒もオスマン帝国の支配を受け入れていました。しかし、ブルガリアはオスマン帝国の首都イスタンブールに近いため西欧の影響を受けにくく、また、要衝に位置していたことから重税が課せられ、中央政府の腐敗の影響を直接受けていました。ギリシャ人やセルビア人と異なり、困窮したブルガリア人が人跡稀な地への逃亡という手段をとることは難しく、ワラキア、モルダヴィア、オーストリア、ロシアへの亡命を選択する者もいました。

さらに、オスマン帝国はアナトリア半島からイスラム教徒の遊牧民をブルガリアに移住させ、イスラーム化・トルコ化を試みました。

第二次ブルガリア帝国の滅亡後も、ブルガリアではオスマン帝国に対する抵抗運動が継続されました。1404年には、ブルガリア皇帝イヴァン・シシュマンの遺児フルジンとイヴァン・スラツィミルの遺児コンスタンティンが蜂起し、多くの村が解放されましたが、オスマン軍の反撃によって鎮圧されました。その後も、1598年にはドゥブロヴニクの商人が指導した蜂起、1686年にはロシアの援軍を期待した反乱が起きましたが、いずれも失敗に終わりました。

また、ソフィア周辺の山岳地帯では、ハイドゥティンと呼ばれる匪賊がオスマン帝国の支配に抵抗していました。経済的に困窮した農民たちがハイドゥティンに身を投じ、隊商やオスマン官吏を襲撃しました。18世紀に入ると、ブルガリア人の間でロシアが解放者になるという期待が高まり、露土戦争ではブルガリア人義勇兵がロシア軍に加わりました。

行政組織、税制

オスマン帝国はブルガリアをヴィライェト（州）に分割し、その下にサンジャク（郡）を置きました。それぞれのヴィライェトはベイレルベイ、サンジャクはサンジャク・ベイが統治しました。征服した土地はティマール制に基づいて臣下に封土として与えられ、土地の収入に応じてティマール、ゼアメト、ハッスの3つに区分されました。ティマールを与えられたスィパーヒー（騎士）は、農民から税を徴収する権利を持ち、その見返りとして軍役を負担しました。旧ブルガリア帝国の貴族の中にはスィパーヒーに組み込まれる者もいましたが、多くは没落しました。

ティマール制の下では、農民は土地を所有することはできませんでしたが、耕作権は保証されていました。しかし、17世紀以降、オスマン帝国の衰退とともにティマール制が崩壊し、スィパーヒーは農民から厳しく税を取り立てるようになりました。また、オスマン帝国はベイレルベイを廃止し、代わりにヴァリと呼ばれる徴税官を派遣しましたが、ブルガリア人の税負担は軽減されませんでした。

オスマン帝国の役人がブルガリアの村落を直接訪れることは少なく、税の徴収の他に、キリスト教徒の男子をイェニチェリ（親衛隊）に徴用するデウシルメが行われました。土地の中にはワクフ（宗教寄進財産）としてモスクやマドラサに寄進されたものもありました。

宗教、言語

タルノヴォ陥落後、ブルガリア正教会は廃止され、ブルガリア教会はコンスタンティノープル総主教の下に置かれることになりました。ブルガリア教会の高位聖職者はギリシャ人で占められましたが、地方の教会ではブルガリア人の司祭が活動し、ブルガリア人コミュニティの指導的な役割を果たしました。18世紀末から始まった民族再生運動は、ブルガリア人聖職者たちの活動が端緒となりました。

16世紀、17世紀には、ローマ教皇庁とオーストリアによって、ブルガリアでのカトリックの布教が推進されました。オスマン帝国の住民は宗教によって区分され（ミッレト）、キリスト教徒のミッレトには自治が認められていましたが、イスラム教徒よりも高い税金を課せられていました。

ブルガリアのイスラム化は、様々な理由によって緩やかに進行していきました。軍事、交通の要衝であるブルガリアではイスラム化が強く推進され、改宗によって生まれたブルガリア語を話すイスラム教徒はポマクと呼ばれるようになりました。しかし、多くの農民の間では、ブルガリア語とブルガリアの伝統文化が保たれました。隔離された村でブルガリア人が混血せずに生活したため、ブルガリア語以外にも伝統や祭礼が生き残り、これらが後のブルガリア文学の再興に大きな役割を果たしました。

人口の遷移

オスマン帝国による征服後、ブルガリア人のキリスト教徒はバルカン半島における帝国の人口の約3分の1を占めていましたが、16世紀初頭には8%にまで低下しました。この背景には、オスマン帝国の領土拡大によるブルガリア人の割合の低下、キリスト教徒への迫害や社会不安、疫病、イスラム教への改宗などが挙げられます。多くのブルガリア人は農村に居住し、村落にはクメット（村長）やクネズ（公）と呼ばれる役人がいました。都市に住むブルガリア人の割合は非常に低く、オスマン帝国による征服によって都市からブルガリア人が逃げ出した、あるいは追放されたことが原因だと考えられています。

経済

オスマン時代のブルガリアは、首都イスタンブールへの穀物、家畜の供給地でした。イスタンブールを起点としてブルガリア内のプロヴディフ、ソフィアを通過する街道は、オスマン経済の重要な役割を果たしました。ダニューブ川沿岸の都市は中継貿易の拠点として栄え、ブルガリア人商人はトランシルヴァニアなどの遠隔地で活動しました。オスマン帝国では、ギリシャ人、ユダヤ人、アルメニア人が商業活動の中心でしたが、ブルガリア人の中でも階層化が進み、富を蓄える者も現れました。

また、皮革、毛織物、織物工業が発展し、都市にはエスナフと呼ばれる同業者団体が存在しました。

文化

オスマン帝国はブルガリアの文化の中心地を破壊し、多くの書物が失われましたが、この時代をブルガリア文化史の「暗黒時代」と断定することはできません。民謡、伝承、諺、なぞなぞといった口承文学が数多く生み出され、ブルガリア人の民族意識を維持する上で重要な役割を果たしました。また、修道院は文化活動の中心地となり、修道士たちが著述、写本の制作、翻訳に携わりました。リラ修道院やエトロポールの至聖三者修道院は、この時代の文化の中心地でした。教会の建築と並行して、壁画や木彫りの彫刻の技法も発展しました。

タルノヴォ派の文学活動は、ブルガリア国外に亡命した人々によって続けられ、グリゴリイ・ツァムブラクなどの人物が活躍しました。1651年には、ブルガリア語による初の印刷書籍である祈祷書『アバガル』がローマで出版されました。ブルガリアにはモスク、ハンマーム、キャラバンサライ、橋などのオスマン様式の建築物が多く建てられました。

まとめ

オスマン帝国支配下のブルガリアは、抑圧と抵抗、文化の創造が複雑に絡み合った時代でした。この時代の経験は、その後のブルガリアの歴史と文化に大きな影響を与え、19世紀の民族再生運動の原動力となりました。

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