オズワルド・アベリー
オズワルド・セオドア・アベリー（Oswald Theodore Avery Jr.） は、1877年10月21日にカナダのノヴァスコシア州ハリファックスに生まれ、1955年2月20日にアメリカ合衆国で生涯を閉じた、カナダ系アメリカ人の著名な医師、そして医学研究者です。分子生物学という新しい分野の先駆者の一人であり、免疫化学の創始者としても名を残しています。彼の研究活動の大半は、ニューヨーク市に位置するロックフェラー病院（後のロックフェラー大学）で行われました。
アベリーの科学者としてのキャリアにおいて、最も歴史的に重要とされる業績は、共同研究者のコリン・マクラウド（Colin MacLeod）およびマクリン・マッカーティ（Maclyn McCarty）と共に1944年に発表した研究成果です。これは 「アベリー-マクラウド-マッカーティの実験」 として知られ、長年謎とされてきた遺伝子の実体がDNAであるという決定的な証拠を示しました。
生い立ちと教育
アベリーは、イギリスからカナダに移住したバプテスト派の聖職者であるジョセフ・フランシス・アヴリーとエリザベス・クラウディ夫妻の次男として生まれました。一家は1887年にニューヨークへ移り住み、父はロウアー・イーストサイドの教会で牧師を務めました。しかし、1892年に兄アーネストと父ジョセフを相次いで結核で亡くし、当時15歳だったオズワルドは、残された弟や従兄弟たちの面倒を見る立場となりました。
ニューヨークの学校で基礎教育を受けた後、彼はコルゲート・アカデミー、そしてコルゲート大学に進学します。大学では文学や演説、討論で優れた才能を発揮し、1900年に文学士号を取得しました。科学的背景がほとんどないにも関わらず、理由は不明ながら医学の道を選び、コロンビア大学医科大学院で学び、1904年に医学の課程を修了しました。
研究者としての歩み
臨床医としてのキャリアを開始したものの、知的好奇心を満たしたいという強い思いと、患者を救えないことへのフラストレーションから、アベリーは1907年にブルックリンにあるホーグランド研究所（Hoagland Laboratory）に移籍し、研究者の道に進みます。ここはアメリカで最初の寄附講座として設立された微生物学研究所でした。研究所所長のベンジャミン・ホワイトからは、実験技術や生化学に関する指導を受けました。当初はヨーグルトに関する微生物学を研究していましたが、後に結核研究へと関心を移します。伝記作家ルネ・デュボスによれば、この時期に、病原性細菌の生物学的活動をその化学的組成の理解を通じて明らかにしようとする、彼のその後のキャリアを特徴づける研究スタイルが確立されました。
第一次世界大戦中の1918年9月から1919年1月にかけては、アメリカ陸軍の軍医大尉として兵役に就きました。戦後、1923年にはロックフェラー研究所の教員となり、1948年に引退するまで、この地で遺伝子の本体解明という歴史的な研究を推進することになります。1945年には英国王立協会の外国人会員に選ばれています。研究所を引退した後、1948年に弟や家族に近いテネシー州ナッシュビルに移り住み、そこで1955年に静かに息を引き取りました。
遺伝子の実体はDNAであるという画期的な発見
アベリーの時代、生物の遺伝情報は細胞内のタンパク質によって担われていると広く信じられていました。1928年にフレデリック・グリフィスが行った、病原性のない肺炎球菌が病原性のある肺炎球菌の成分によって性質を変化させる「形質転換」に関する研究は、遺伝情報が何らかの物質によって伝達される可能性を示唆していましたが、その実体は不明でした。アベリーは、マクラウド、マッカーティ両氏とともに、この遺伝情報の謎に挑みます。彼らの研究は、アベリーがロックフェラー研究所を名誉退職した後の1943年以降も続き、その後の5年間で科学史に名を刻む発見を成し遂げました。当時アベリーは60代後半でした。
彼らの核となる実験は、概念的には非常に明快でした。細菌は液体培地を通して遺伝物質をやり取りし、それが形質転換を引き起こすと仮定したのです。そして、もし特定の有機分子を含む培地中で細菌が形質転換を起こすならば、その分子が遺伝情報を保持しているはずだと考えました。実験には、病原性のないR型と病原性を持つS型の肺炎レンサ球菌が用いられました。
アベリーらは、S型菌の細胞を破壊し、そこから様々な種類の有機分子を分離する手法を用いました。そして、それぞれの分子成分や、特定の成分を取り除いた残りの成分をR型菌に与え、形質転換が起こるかどうかを観察しました。S型菌から抽出した成分をタンパク質分解酵素で処理し、タンパク質を取り除いたものをR型菌に与えても形質転換は起こりました。これは、タンパク質が遺伝子の本体ではないことを示唆していました。次に、DNA分解酵素で処理したものをR型菌に与えると、形質転換は起こりませんでした。この決定的な結果は、遺伝子の本体がDNAであることを明確に示していました。
アベリーらの発見は、1952年のアルフレッド・ハーシーとマーサ・チェイスによるバクテリオファージを用いた実験によって追認され、DNAが遺伝物質であることが広く受け入れられるようになります。これらの研究は、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによるDNAの二重らせん構造の発見へと直接つながり、現代遺伝学や分子生物学という新たな科学分野の誕生を促しました。アベリー自身、この発見の重要性を認識しつつも慎重な姿勢を示しており、弟への手紙の中で「たくさんのシャボン玉を飛ばすのは楽しいが、誰かがそれを針で突こうと試みる前に君自身が試みる方がより賢い」と書いています。
ノーベル賞受賞者である遺伝学者ジョシュア・レダーバーグは、アベリーと彼の研究室の功績について、「現代のDNA研究の歴史的基盤」を提供し、「遺伝学と生物医学研究における分子革命の先駆け」となったと高く評価しています。
しかし、アベリーのDNA発見は、その後のノーベル賞（ワトソン、クリックへのDNA二重らせん構造発見に対する授与）へと繋がったものの、彼自身がノーベル賞を受賞することはありませんでした。このため、ロックフェラー大学内では彼の功績が十分に認識されており、「Unsang hero（偉業を認められない英雄）」として称えられていたといいます。
受賞歴
アベリーは、その卓越した研究成果に対して、いくつかの主要な賞を受賞しています。
1945年：コプリ・メダル、ジョージ・M・コーバー・メダル
1947年：アルバート・ラスカー基礎医学研究賞
* 1949年：パサノ賞
オズワルド・T・アベリーは、科学界に革命をもたらした偉大な研究者であり、彼のDNAに関する発見は、その後の生命科学研究の方向性を決定づける灯台となりました。
アベリーの科学者としてのキャリアにおいて、最も歴史的に重要とされる業績は、共同研究者のコリン・マクラウド（Colin MacLeod）およびマクリン・マッカーティ（Maclyn McCarty）と共に1944年に発表した研究成果です。これは 「アベリー-マクラウド-マッカーティの実験」 として知られ、長年謎とされてきた遺伝子の実体がDNAであるという決定的な証拠を示しました。
生い立ちと教育
アベリーは、イギリスからカナダに移住したバプテスト派の聖職者であるジョセフ・フランシス・アヴリーとエリザベス・クラウディ夫妻の次男として生まれました。一家は1887年にニューヨークへ移り住み、父はロウアー・イーストサイドの教会で牧師を務めました。しかし、1892年に兄アーネストと父ジョセフを相次いで結核で亡くし、当時15歳だったオズワルドは、残された弟や従兄弟たちの面倒を見る立場となりました。
ニューヨークの学校で基礎教育を受けた後、彼はコルゲート・アカデミー、そしてコルゲート大学に進学します。大学では文学や演説、討論で優れた才能を発揮し、1900年に文学士号を取得しました。科学的背景がほとんどないにも関わらず、理由は不明ながら医学の道を選び、コロンビア大学医科大学院で学び、1904年に医学の課程を修了しました。
研究者としての歩み
臨床医としてのキャリアを開始したものの、知的好奇心を満たしたいという強い思いと、患者を救えないことへのフラストレーションから、アベリーは1907年にブルックリンにあるホーグランド研究所（Hoagland Laboratory）に移籍し、研究者の道に進みます。ここはアメリカで最初の寄附講座として設立された微生物学研究所でした。研究所所長のベンジャミン・ホワイトからは、実験技術や生化学に関する指導を受けました。当初はヨーグルトに関する微生物学を研究していましたが、後に結核研究へと関心を移します。伝記作家ルネ・デュボスによれば、この時期に、病原性細菌の生物学的活動をその化学的組成の理解を通じて明らかにしようとする、彼のその後のキャリアを特徴づける研究スタイルが確立されました。
第一次世界大戦中の1918年9月から1919年1月にかけては、アメリカ陸軍の軍医大尉として兵役に就きました。戦後、1923年にはロックフェラー研究所の教員となり、1948年に引退するまで、この地で遺伝子の本体解明という歴史的な研究を推進することになります。1945年には英国王立協会の外国人会員に選ばれています。研究所を引退した後、1948年に弟や家族に近いテネシー州ナッシュビルに移り住み、そこで1955年に静かに息を引き取りました。
遺伝子の実体はDNAであるという画期的な発見
アベリーの時代、生物の遺伝情報は細胞内のタンパク質によって担われていると広く信じられていました。1928年にフレデリック・グリフィスが行った、病原性のない肺炎球菌が病原性のある肺炎球菌の成分によって性質を変化させる「形質転換」に関する研究は、遺伝情報が何らかの物質によって伝達される可能性を示唆していましたが、その実体は不明でした。アベリーは、マクラウド、マッカーティ両氏とともに、この遺伝情報の謎に挑みます。彼らの研究は、アベリーがロックフェラー研究所を名誉退職した後の1943年以降も続き、その後の5年間で科学史に名を刻む発見を成し遂げました。当時アベリーは60代後半でした。
彼らの核となる実験は、概念的には非常に明快でした。細菌は液体培地を通して遺伝物質をやり取りし、それが形質転換を引き起こすと仮定したのです。そして、もし特定の有機分子を含む培地中で細菌が形質転換を起こすならば、その分子が遺伝情報を保持しているはずだと考えました。実験には、病原性のないR型と病原性を持つS型の肺炎レンサ球菌が用いられました。
アベリーらは、S型菌の細胞を破壊し、そこから様々な種類の有機分子を分離する手法を用いました。そして、それぞれの分子成分や、特定の成分を取り除いた残りの成分をR型菌に与え、形質転換が起こるかどうかを観察しました。S型菌から抽出した成分をタンパク質分解酵素で処理し、タンパク質を取り除いたものをR型菌に与えても形質転換は起こりました。これは、タンパク質が遺伝子の本体ではないことを示唆していました。次に、DNA分解酵素で処理したものをR型菌に与えると、形質転換は起こりませんでした。この決定的な結果は、遺伝子の本体がDNAであることを明確に示していました。
アベリーらの発見は、1952年のアルフレッド・ハーシーとマーサ・チェイスによるバクテリオファージを用いた実験によって追認され、DNAが遺伝物質であることが広く受け入れられるようになります。これらの研究は、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによるDNAの二重らせん構造の発見へと直接つながり、現代遺伝学や分子生物学という新たな科学分野の誕生を促しました。アベリー自身、この発見の重要性を認識しつつも慎重な姿勢を示しており、弟への手紙の中で「たくさんのシャボン玉を飛ばすのは楽しいが、誰かがそれを針で突こうと試みる前に君自身が試みる方がより賢い」と書いています。
ノーベル賞受賞者である遺伝学者ジョシュア・レダーバーグは、アベリーと彼の研究室の功績について、「現代のDNA研究の歴史的基盤」を提供し、「遺伝学と生物医学研究における分子革命の先駆け」となったと高く評価しています。
しかし、アベリーのDNA発見は、その後のノーベル賞（ワトソン、クリックへのDNA二重らせん構造発見に対する授与）へと繋がったものの、彼自身がノーベル賞を受賞することはありませんでした。このため、ロックフェラー大学内では彼の功績が十分に認識されており、「Unsang hero（偉業を認められない英雄）」として称えられていたといいます。
受賞歴
アベリーは、その卓越した研究成果に対して、いくつかの主要な賞を受賞しています。
1945年：コプリ・メダル、ジョージ・M・コーバー・メダル
1947年：アルバート・ラスカー基礎医学研究賞
* 1949年：パサノ賞
オズワルド・T・アベリーは、科学界に革命をもたらした偉大な研究者であり、彼のDNAに関する発見は、その後の生命科学研究の方向性を決定づける灯台となりました。
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