マーシア王オファ:イングランド統一への道を拓いた王
オファ(796年没)は、アングロサクソン七王国時代の
マーシア王国の王であり、その治世は
イングランドの歴史において重要な転換期となりました。757年に王位を簒奪し、マーシアの勢力を拡大、統一への道を切り開いた人物として知られています。
強大な王としての台頭
オファが王位に就いた当時、
マーシア王国は内乱状態にありましたが、彼はこれを鎮め、周辺の小国を次々と従属させました。エセックス、ケント、サセックス、ウェセックスといった他の七王国にマーシアの宗主権を認めさせ、
イースト・アングリア王国を服属させるなど、その勢力は拡大の一途を辿りました。
ノーサンブリア王国には娘を嫁がせることで軍事同盟を結び、その支配は
イングランドのほぼ全土に及びました。
さらに、オファは
ウェールズとの国境に「オファの防塁」と呼ばれる長大な
土塁を築き、防衛体制を強化しました。この防塁は現在も遺構が残っており、彼の統治力を象徴する存在となっています。
内政と文化への貢献
オファは内政にも力を注ぎました。ローマ
教皇を説得してリッチフィールドに大司教座を新設し、息子のエグフリッドのために
戴冠式を行うなど、宗教的な権威も確立しました。また、彼が発行した
ペニー銀貨は、その品質と信用力から長く
イングランド通貨の基礎となりました。
オファは「マーシア王」の称号を主に使用しましたが、一部では「
アングル人の王」と称することもありました。また、
フランク王国の
カール大帝とは対等な関係で通商協定を結ぶなど、国際的な外交手腕も発揮しました。
時代背景と資料
オファの時代は、アングロサクソンの支配が確立し、
イングランドが統一へと向かう重要な時期でした。『アングロサクソン年代記』や勅許状(特権状)などが当時の状況を伝える貴重な資料となっていますが、これらの資料は西サクソン(ウェセックス)寄りの記述も見られるため、注意が必要です。
また、修道士アルクィンの書簡は、オファとヨーロッパ大陸との関係を明らかにする上で重要な情報源です。
先祖と家族
オファの先祖は、7世紀初頭にマーシアを支配したピュバの子孫であり、エゼルバルドも親族にあたります。妻キュネスリスとの間に、息子エグフリッドと少なくとも3人の娘をもうけています。
統治初期と支配の拡大
オファは、暗殺されたエゼルバルドの後を継いで王位に就き、内戦を鎮めた後、
ウィッチェやマゴンサエテなど、長年マーシアの属国であった地域に対する支配を確立しました。
エセックス王国は、7世紀にマーシアに征服された後も王家を維持していましたが、オファの統治下でその影響を強く受けるようになりました。
ケントとサセックスへの介入
オファは
ケント王国の内紛を利用し、宗主権を確立しました。762年以降、ケントは複数の王が並立する不安定な状態が続きましたが、オファはこれに介入し、傀儡の王を立てて支配を強めました。しかし、ケントに対する宗主権の維持については、歴史家の間で意見が分かれています。
サセックス王国も同様に、オファの支配を受けましたが、その関与は770年から71年頃の短い期間に限られていた可能性もあります。
イースト・アングリア王国では、当初ベオナが王として独立を保っていましたが、後にエゼルベルト2世が王となり、独自の硬貨を発行するようになりました。しかし、794年にオファはエゼルベルト2世を処刑し、同国を服属させました。
マーシアの南に位置する
ウェセックス王国は、757年にキュネウルフが王位に就き、マーシアから国土を取り戻しました。779年にキュネウルフを破りテムズ川沿いの領地を奪還したオファは、786年にキュネウルフが暗殺されると、介入によってベオルトリッチをウェセックス王に擁立し、ウェセックスを属国としました。
792年には、娘エルフレダがノーサンブリア王エゼルレッド1世と結婚し、同国との軍事同盟関係を築きました。
ウェールズとの紛争とオファの防塁
オファは
ウェールズの諸王国とも頻繁に争いました。特に有名なのは、
イングランドと
ウェールズの国境に建設された「オファの防塁」です。この防塁は、
ウェールズ人の侵入を防ぐために築かれたもので、オファの統治能力を示す象徴的な建造物となっています。
防塁は西側に堀、東側に堤を配した構造で、その建設には膨大な費用と労力が費やされました。防塁が現在の
イングランド・
ウェールズの国境線とほぼ重なっていることから、ヘンリー8世も国境設定の際、これを参考にしたと考えられています。
教会との関係
オファはキリスト教の王として統治しましたが、
カンタベリー大司教イェンバートとは対立しました。786年に
教皇特使を迎え、教会改革を推し進めました。この結果、リッチフィールドに新たな大司教区を設立し、
カンタベリーの勢力を縮小することに成功しました。
この背景には、オファが息子のエグフリッドの
戴冠式を執り行うために、イェンバートに対抗しうる別の大司教を必要としたという理由も考えられます。また、オファは積極的に教会を支援し、ローマへ毎年貢納を行いました。
大陸との関係
オファはヨーロッパ大陸との外交関係も積極的に展開しました。
フランク王国の
カール大帝とは、婚姻を巡って一時対立しましたが、最終的には通商協定を結び、対等な関係を築きました。アルクィンの書簡は、オファと
カール大帝の間の複雑な関係を伝える重要な資料となっています。
統治機構と法
オファはマーシア王位の安定化を図り、息子のエグフリッドを後継者とするために様々な措置を講じましたが、最終的には失敗に終わりました。また、オファは複数の防衛都市を建設し、経済や行政の中心地としました。これらの都市は、後に
アルフレッド大王が
デーン人の侵略に対処するために築いた防衛網の前身となりました。
オファの法典は現存していませんが、
アルフレッド大王の法典の序文で言及されており、その一部が
アルフレッド大王の法典に取り入れられたとされています。
貨幣改革
オファは貨幣改革を行い、
ペニー銀貨を発行しました。この銀貨は、以前のシャット銀貨よりも重く、品質も高かったため、長く
イングランド通貨の基礎となりました。オファのコインには、彼自身の名前と造幣人の名前が刻まれており、高い芸術性も誇っています。
妻キュネスリスの肖像が刻まれたコインも現存しており、これはアングロサクソン王妃としては唯一の例です。
オファは金貨も鋳造させましたが、その用途については不明な点が多く残されています。
称号
オファは「マーシア王」の称号を主に使用しましたが、「
アングル人の王」と称したこともありました。しかし、この称号については、偽造された勅許状も存在するため、注意が必要です。
死と王位の承継
オファは796年に亡くなり、息子のエグフリッドが王位を継ぎましたが、エグフリッドも間もなく死去し、
マーシア王国の隆盛は長く続きませんでした。オファの死後、マーシアの勢力は衰退し、
ウェセックス王国のエグバートによって征服されました。
まとめ
オファは、アングロサクソン時代における最も強力な王の一人であり、その統治下で
イングランドは統一へと大きく前進しました。彼の軍事的な才能、巧みな外交手腕、内政への貢献は、
イングランドの歴史において重要な意味を持っています。
オファの業績は、アングロサクソン王たちの中で
アルフレッド大王に次ぐものと評価されることもありますが、その権力はオファ個人の資質に依拠する所が大きく、死後、マーシアの隆盛は永くは続きませんでした。
オファは、
イングランドが統一への道を歩む上で、重要な役割を果たした人物と言えるでしょう。