エセックス王国

エセックス王国（英語: Kingdom of Essex）は、アングロ・サクソン時代にグレートブリテン島南東部に存在した王国で、七王国として知られる主要なアングロ・サクソン国家の一つです。古英語では「東サクソン人の王国」を意味する「Ēast Seaxna rīce」と呼ばれました。6世紀にその基礎が築かれ、エセックス、ハートフォードシャー、ミドルセックス、そして短期間ながらケントの一部を含む領域を支配下に置きました。しかし、その歴史の大部分において、より強大な周辺国、特にマーシアやケントに従属する立場にありました。825年、最後の王シゲレッドがウェセックス王エグバードに王国を譲渡したことで、独立した国家としての歴史を終えました。

領域と地理

エセックス王国の領域は、北はストー川を境にイースト・アングリア王国と接し、南はテムズ川を挟んでケントと対峙し、東は北海に面し、西はマーシアと隣接していました。かつてローマ属州ブリタンニアの重要な都市であったコルチェスターやロンドンといった地域の遺構をその領域内に含んでいました。初期の王国は、後のミドルセックス州に相当する地域やハートフォードシャーの大部分を支配し、時としてサリーの一部も含まれていた可能性があります。8世紀には一時的に現在のケント地方をも支配下に置きました。現在のイギリスのカウンティであるエセックスは、かつての南北の境界線を概ね引き継いでいますが、その領域はリー川以東に限定されており、8世紀には他の領域が近隣のマーシアに併合されました。7世紀の文献『トリバル・ヒダーシ』によれば、エセックス王国の領域規模は7000ハイドであったと記録されています。

不明瞭な歴史

アングロ・サクソン七王国の一つでありながら、エセックス王国の歴史は他の王国に比べて十分に文書化されていません。主要な歴史書であるアングロサクソン年代記における言及は限定的であり、中世の法的文書であるアングロサクソン・チャーターの数も少ないため、王国の全貌を把握することは困難です。これらの状況から、エセックス王国は比較的辺鄙な地域に位置し、歴史の中心からはやや離れていたと考えられています。その存続期間の多くにおいて、エセックス王はケント、イースト・アングリア、あるいはマーシアといった有力な君主に従属していました。

起源と発展

この地域へのサクソン人の定住は5世紀前半に始まり、彼らの多くは現在のニーダーザクセン地方にあたる地域から渡来したとされています。ブリテンの歴史書に記された伝説によれば、後のエセックスとなる領域は、ブリトン人の上王ヴォーティガン統治下の5世紀半ばに起こったとされる「長いナイフの夜」事件の後、ブリトン人からサクソン人に譲られたと伝えられています。歴史家の中には、エセックス王国の支配領域が、ローマ時代以前の部族トリノヴァンテスの領域と関連が深いと指摘する者もいます。エセックス王国は、周辺に点在した小さな王国やサクソン人の部族を統合することで次第に勢力を拡大していったと考えられています。その中に含まれていた可能性のある小王国としては、ロディング、ヘメル、バンジ、ベレチンガス（バーキング周辺）などが挙げられています。

君主制

エセックスは6世紀のうちに単一の王国としてまとまったとされています。他の七王国の初期の統治者たちと同様に、エセックス王の正確な在位期間や業績に関する記録は断片的で、多くが推測の域を出ません。王朝は、サクソン人の神サクスノットを経て北欧神話の主神オーディンに至る神聖な系譜を主張していました。エセックス王家の系図は9世紀にウェセックスで編纂されたものが現存していますが、一部に欠損が見られます。王国の歴史の中には、複数の下位王が同時に異なる地域を統治していた時期もあったようです。記録に残る最初の王としては、527年に即位したとされるエシュウィネの名前が挙げられますが、年代には異説もあり、スレッダを王朝の創始者とする見解もあります。エセックス王たちは、時に独立性を強調するために独自のコインを発行しており、これはローマ時代以前のブリテンの王クノベリヌスが行った先例にならったものと考えられています。

キリスト教の受容と波乱

エセックス王国が歴史記録に登場する最初の記述の一つは、ベーダ・ヴェネラビリスの『イングランド教会史』に見られる、604年のロンドンへのメリトゥス司教の到着に関するものです。ベーダによれば、南イングランドの有力な君主であったケント王エゼルベルトは、自身の甥にあたるエセックス王サベルトをキリスト教に改宗させ、604年以降、エセックスの一部に影響力を及ぼす立場にありました。ロンドンに建設され、今日まで続くセント・ポール大聖堂を寄進したのは、サベルトではなくエゼルベルトでした。ベーダはエゼルベルトをサベルト王の上王（ブレトワルダ）として記述しています。しかし、616年にサベルト王が死去すると、メリトゥス司教はロンドンから追放され、エセックス王国は一時的にキリスト教を放棄しました。これは単に信仰を捨てたというより、ケント王国による政治的・宗教的影響力への反発が背景にあったと考えられています。

その後、聖ケッドによる宣教活動を通じて、エセックス王国はシゲベルト2世（シゲベルト良王）の下で再びキリスト教を受容しました。ケッドはティルベリーやブラッドウェル・オン・シーに修道院を設立しています。しかし、660年に非キリスト教徒のスウィスヘルムが即位すると、王国は再度キリスト教を放棄しました。スウィスヘルムは662年に改宗しますが、664年に死去し、息子たちのシゲヘアとセッビが後を継ぎます。同年、疫病が流行すると、シゲヘアとその家族はキリスト教を捨て、エセックス王国は三度目の棄教に至りました。この反抗は、当時勢力を拡大していたマーシア王ウルフヘレによって鎮圧され、ベーダはシゲヘアとセッビを「マーシア王ウルフヘレの下の統治者」と記しています。ウルフヘレは王国を再びキリスト教化するため、リッチフィールドのジャルマン司教を派遣しました。

666年のワイン、そして675年のエアコンワルドといった司教たちが、ロンドン司教としてエセックス王国に対する宗教的な権威を行使しました。ロンドンを含むミドルセックスの地域は8世紀にエセックスの支配から離れますが、ロンドン司教の宗教的権威は1845年までエセックス全体に及んでいました。2003年にはプリトルウェルでサクソン時代の豪華な墓が発見され、発掘されました。この墓からは金箔の十字架が見つかっており、埋葬者がキリスト教徒であったことが示唆されています。被葬者がサベルト王や653年に殺害されたシゲベルト王といった初期の王ではないかという説がある一方で、歴史記録には残されていない高位の人物である可能性も指摘されています。

その後の展開と終焉

エセックス王国は他の七王国に比べて目立たない存在でしたが、テムズ川を挟んだケント王国とは婚姻関係（エセックス王スレッダとケント王エゼルベルトの妹リクラの結婚）を結ぶなど、強い繋がりを持っていました。8世紀には短期間ながらケント南部をも支配下に置いた時期があり、この頃には独自のコインを発行して独立への意欲を示した可能性もあります。しかし、8世紀中頃までには、ロンドンを含む王国の大部分がマーシアの支配下に入り、おおよそ現在のエセックスカウンティに相当する地域だけが残り、マーシアへの従属を強いられることになります。825年頃、マーシア王ベオルンウルフがウェセックス王エグバートに敗れると、エセックス王国の最後の王シゲレッドは、エグバートに王国を割譲し、エセックス王国はウェセックスに併合されました。

ウェセックスによる併合後も、マーシアは旧エセックス王国の支配地域に対する影響力を保持し続けました。9世紀には、エセックスはサリーやケントを含む下位王国の一部とみなされるようになります。878年から886年の間には、ウェセックスのアルフレッド大王とデーン人の指導者グスルムとの間の協定により、エセックスはデーン人の支配するイースト・アングリア（デーンロウ）の一部となりました。その後、アルフレッド大王の息子であるエドワード長兄王によって再征服されますが、もはや独立した王国としてではなく、ウェセックスの支配下にある地方（シャイア）として扱われるようになり、王の代理人としてエアルドルマンが置かれらを統治しました。こうして、エセックス王国は歴史の舞台から姿を消しました。

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