オースチン・マエストロ

オースチン・マエストロとは

オースチン・マエストロ（Austin Maestro）は、1983年にイギリスのブリティッシュ・レイランド（BL）、後にローバー・グループが市場に投入したコンパクトクラスの5ドアハッチバック車です。このモデルには、派生型としてライトバンも存在しました。製造は、オックスフォード郊外にある旧モーリスの工場で行われました。発売当初はオースチンブランドとMGブランドで展開されましたが、ローバーブランドのバッジが装着されたことはありませんでした。しかし、後年にはローバー車として語られることもあります。

開発の背景と経緯

1975年に国営化されたブリティッシュ・レイランドは、経営再建のため1977年にマイケル・エドワーズ氏を会長に迎えました。エドワーズ氏の改革計画の一環として、最新技術を盛り込んだ新型大衆車の開発が決定されました。これは、小型、中型下位、中型上位の各市場セグメントをカバーするものでした。

中型車向けには、生産の自動化や柔軟性によるコスト優位性を考慮し、共通プラットフォームを用いた二つのモデルが計画されました。開発コード「LC10」が付与されたこのプロジェクトは1977年に始動しました。

デザインは、BLの著名なデザイナーであるデビッド・ベイチュの指導のもと、イアン・ビーチが担当しました。当初、5ドアハッチバックと4ドアノッチバックの二つの主要なボディタイプが検討されました。エンジンはA-シリーズやR-シリーズが採用され、トランスミッションの片側にエンジンを配置するFF方式が採られました。コスト削減のため、それまでのBL車の一部に見られたハイドラガス・サスペンションは廃止され、一般的な前輪ストラット、後輪トーションビームという構成になりました。

開発過程で、5ドアハッチバックが先に設計されることが決まり、「LM10」という独自の開発コードを与えられ、オースチン・マエストロとして製品化が進められました。続いて開発された4ドアノッチバック版は「LM11」コードで開発され、後にオースチン・モンテゴとして発売されました。

先進装備の導入

マエストロは、当時のコンパクトカーとしては多くの新しい先進的な装備を搭載していました。接着式ウインドスクリーン、配光特性に優れた同一焦点ヘッドライト、ボディ同色のバンパー、電子エンジン制御システム、5速マニュアルトランスミッションなどが挙げられます。また、高さ調節可能な前席シートベルト上部アンカー、非対称分割式の後席、そして約19,300kmという長い整備間隔も特徴でした。上位グレードやMG、バンデン・プラ仕様では、デジタル式スピードメーターや蛍光表示管式のアナログメーター、トリップコンピューター、さらには合成音声による警告・情報システムといった電子計器が採用され、革新性をアピールしました。

市場評価と改良の歴史

1983年3月の発売後、マエストロは消費者誌などで広い室内空間、快適な乗り心地、運転のしやすさなどが評価されました。特に室内の広さは高く評価され、上位クラスのモデルにも匹敵すると評されました。

しかし、初期の1,600cc R-シリーズエンジンは、温感時の始動性などに問題を抱えており、これが初期の評価に影響を与えました。これを受けて、1984年7月には改良型のS-シリーズエンジンが導入され、信頼性が向上しました。この頃から、全モデルで装備の充実が図られ、廉価グレードでも基本装備が追加されるなど、段階的に商品力が強化されました。

1984年10月にはさらに大規模な装備の見直しが行われ、各グレードの装備が大幅に向上しました。また、経済性の高いパーキンス製ディーゼルエンジン搭載モデルが追加され、需要を喚起しました。1992年にはターボディーゼルモデルも登場し、燃費性能と走行性能を両立させました。

MGモデルの系譜

マエストロの高性能版として、MGモデルが存在しました。初期のMGマエストロ1600は、荒々しい特性のR-シリーズエンジンに起因する課題を抱えていましたが、1984年からはS-シリーズエンジンを経て、燃料噴射式の2.0EFiモデルが登場しました。このモデルは性能が大幅に向上し、当時の有力なホットハッチであるゴルフGTIやエスコートXR3iの対抗馬となりました。1989年には限定生産のMGマエストロ・ターボも登場し、最高速度210km/hに迫る高性能を発揮しましたが、モデル自体の古さから販売は低調でした。MGマエストロの生産は1991年に終了しました。

英国での生産終了と海外展開

英国でのマエストロの生産は1994年末まで続けられました。生産末期にはCKD（コンプリート・ノックダウン）キットの形態での少量生産が行われました。1994年、ブルガリアの企業との合弁事業であるロダカー（Rodacar）が設立され、英国からのCKDキットを用いてブルガリア国内でマエストロの生産が開始されました。しかし、諸問題によりロダカーは1996年4月に閉鎖され、生産された車両の多くは輸出されました。

ブルガリアで販売されなかったCKDキットの一部は、英国のディーラーによって買い取られ、右ハンドル仕様に改装されて英国内で販売が続けられました。これにより、英国市場では1983年から2001年までマエストロの新車が入手可能でした。

その後、マエストロとモンテゴの生産設備は中国の企業に売却されました。まず頤中（Etsong）が取得し、トヨタ製エンジンを搭載したモデルを生産しましたが、後に第一汽車（FAW）に引き継がれ、「一汽陸豹」として生産が継続されました。さらに後年には四川汽車工業集団でもバンモデルが再生産されるなど、マエストロは英国での歴史を終えた後も、海外でその生命を長らえました。

総評

マエストロは、広い室内空間や手頃な価格、経済性、良好な乗り心地といった長所を持ち、60万台以上が販売されました。しかし、フォード・エスコートやボクスホール・アストラといった競合車ほどの圧倒的な成功を収めるには至りませんでした。同時期のローバー200シリーズが好調であったことと比較すると、当時のBL/ローバーのブランド戦略や開発の方向性には課題があったとも言えます。

マエストロには錆や機械的な問題が指摘されることもありましたが、これは同時代の多くの車に共通するものでした。特に1989年以前のモデルは、無鉛ガソリン対応のためにシリンダーヘッドの改修が必要でした。現在、英国国内で稼働しているマエストロは少数に留まっています。

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