カルマト派

カルマト派：イスラム教シーア派における異端の軌跡

カルマト派は、9世紀末から11世紀にかけて、アラビア半島を中心に勢力を誇ったイスラム教シーア派イスマーイール派の一分派です。その活動は、メッカ占領とカアバの黒石強奪という、イスラム世界に衝撃を与えた事件によって特徴づけられます。本稿では、カルマト派の起源、信仰、歴史、そして社会構造について詳細に解説します。

カルマト派の起源：イスマーイール派の分裂

カルマト派の成立は、8世紀後半のイスマーイール派内部の対立に端を発します。イスマーイール派は、ジャアファル・サーディクの死後、後継イマームの指名問題を巡って複数の派閥に分裂しました。その中で、ムハンマド・イブン・イスマーイールの代理人を称するアブドゥッラーが率いるグループが、イラン南西部のフーゼスターン地方を中心にアッバース朝打倒を目指す革命運動を展開。この運動の中から、9世紀末、サワード地方のイスマーイール派教宣組織の責任者であったハムダーン・カルマトが率いる集団が台頭し、のちにカルマト派と呼ばれるようになります。899年、シリアのサラミーヤにあるイスマーイール派本部の教義変更をハムダーンが拒否したことが、独立したカルマト派の形成を加速させました。

カルマト派の信仰とイマーム観

カルマト派の信仰の中核には、ファーティマ朝系イマームによる教義変更以前の初期イスマーイール派の信条が受け継がれていました。特に重要なのは、7人のイマーム（七イマーム派）という独自のイマーム観です。彼らは7番目のイマームであるムハンマド・イブン・イスマーイールを、死んだのではなく一時的に隠遁しているマフディー（救世主）とみなしていました。この点において、ファーティマ朝系イマームを認めないカルマト派は、他のイスマーイール派とは明確な差異を持っていました。

カルマト派の歴史：台頭と衰亡

カルマト派は、9世紀末から10世紀にかけて勢力を拡大していきます。アブー・サイード・アル＝ジャンナービー、アブー・ターヒル・アル＝ジャンナービーといった指導者のもと、彼らはバーレーンを拠点に東アラビアを支配下に置き、アッバース朝やファーティマ朝に対抗する勢力として台頭しました。906年にはマッカ巡礼団を襲撃し、2万人を殺害。930年にはメッカを占領し、カアバの黒石を奪うという衝撃的な事件を引き起こします。これらの行為は、イスラム世界に大きな衝撃を与え、アッバース朝の権威を著しく低下させることとなりました。

しかし、カルマト派の勢力は10世紀後半から衰え始めます。976年のアッバース朝との敗戦を契機に内向きになり、経済的な基盤を失っていきました。11世紀半ばまでには、ファーティマ朝への服属や勢力消滅を余儀なくされます。

カルマト派の社会構造

カルマト派の支配地域では、豊富な資源と膨大な数の奴隷を基盤とした豊かな経済が展開していました。しかし、その繁栄は長くは続きませんでした。

カルマト派の遺産

カルマト派は、イスマーイール派思想史において重要な役割を果たしました。アブー・ハーティム・ラーズィーやアブー・ヤアクーブ・スィジスターニーなど、著名なイスマーイール派思想家の何人かが、カルマト派に所属していた過去を持っています。彼らの思想は、イスマーイール派全体の思想に多大な影響を与えたとされています。また、メッカ占領や黒石強奪といった事件は、イスラム史においても特異な出来事として記憶されています。カルマト派の活動は、イスラム世界の政治的、宗教的な情勢に大きな影響を与え、その歴史に深く刻まれています。

参考文献

Daftary, Farhad (1990). The Isma'ilis: Their History and Doctrines. Cambridge University Press.
Madelung, Wilferd (1996). “The Fatimids and the Qarmatīs of Bahrayn”. In Daftary, Farhad. Mediaeval Isma'ili History and Thought. Cambridge University Press.
Kathryn Babayan 2002: Mystics, Monarchs, and Messiahs: Cultural Landscapes of Early Modern Iran*

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