イスマーイール派

イスマーイール派：イスラム教シーア派における神秘主義と分派の歴史

イスマーイール派は、8世紀のイスラム教シーア派における重要な分派です。グノーシス主義の影響を受けた神秘主義的な教義と、イマーム（宗教指導者）の継承問題を巡る複雑な歴史が特徴です。本稿では、イスマーイール派の起源、信仰、主要な分派、そして歴史的な展開について詳細に解説します。

イスマーイール派の起源：イマーム継承をめぐる争い

イスマーイール派の成立は、765年に第6代イマーム、ジャアファル・サーディクの死へと遡ります。ジャアファルは当初、長男のイスマーイールを後継者に指名していましたが、イスマーイールが先に亡くなったため、次男のムーサー・カーズィムを後継者として指名しました。この指名を支持した人々は十二イマーム派となり、イスマーイールの息子、ムハンマド・イブン・イスマーイールをイマームと見なす人々がイスマーイール派の起源となります。

その後約100年間、イスマーイール派の活動は謎に包まれていますが、バスラ、アフワーズ、サラミーヤなどを拠点に秘密裏に組織網を築いていたと考えられています。9世紀後半からは、各地に宣教師（ダーイー）を派遣し、活発な宣教活動を開始しました。

ファーティマ朝の興隆とイスマーイール派の拡大

899年、サラミーヤにおいてウバイドゥッラーが、自らがイスマーイールの真の後継者でありイマームであると宣言しました。彼はその後、ファーティマ朝を建国し、イスマーイール派は勢力を拡大していきます。10世紀には、イエメン、オマーン、インダス川流域、サハラ砂漠のオアシス地帯などにまで布教活動が及びました。ファーティマ朝はイスラム世界に大きな影響を与え、イスマーイール派の黄金時代を築きました。しかし、その後のファーティマ朝は内紛や外部勢力の圧力を受け、衰退していきました。

イスマーイール派の信仰：秘教と象徴

イスマーイール派の教義は、グノーシス主義や新プラトン主義の影響を受けており、クルアーンの表面的な解釈とイマームだけが知る秘教的な内的真理を区別しています。イマームは神からの包括的な知恵を受け継ぎ、次期イマームは現イマームの指名によって決定されます。

また、イスマーイール派は7という数字を象徴的に重視し、歴史は7000年周期で循環するという独自の宇宙観を持っています。信徒は、信仰を意図的に隠すことを実践し、金曜礼拝はモスクではなく、ジャマーアト・ハーナと呼ばれる集会所で行われます。

イスマーイール派の主要な分派

イスマーイール派は、イマームの継承問題や教義上の相違などを原因として、幾つかの分派に分裂しました。主な分派としては、以下のものがあります。

ドゥルーズ派: 1021年に失踪したファーティマ朝第6代カリフ、ハーキムを神格化する一派。シリア北部とレバノンの山岳地帯に信徒が多くいます。
ニザール派 (アラムート派、改革イスマーイール派): 1094年のファーティマ朝内紛で敗れたニザールを支持する一派。ハサン・サッバーフ率いるアラムート城を拠点とし、暗殺教団（アサシン）として知られました。現在では穏健派として存続し、世界中に多くの信徒を抱えています。イマームはアーガー・ハーンと呼ばれ、アーガー・ハーン建築賞などを主催しています。
ムスタアリー派: 1094年の内紛で勝利したムスタアリーを支持する一派。インド亜大陸に定着したムスタアリー派はボーホラー派と呼ばれます。
ハーフィズ派: ムスタアリーと対立して分裂した一派。
* カルマト派: イマームの宣言に反対したイラク南部や東アラビアの信徒たちが形成した分派。東アラビアに独立国家を築き、11世紀後半まで存続しました。

分派の歴史：イマーム継承をめぐる争いの繰り返し

イスマーイール派の歴史は、イマーム継承をめぐる争いが繰り返された歴史でもあります。ファーティマ朝時代には、イマーム＝カリフの権威が軍部の勢力に凌駕されるようになり、ニザール派とムスタアリー派への分裂が象徴的な出来事となりました。その後も、イマームの指名問題を巡る紛争が続き、様々な分派が生まれていきました。

結論

イスマーイール派は、神秘主義的な教義と複雑な歴史を持つ、イスラム教シーア派の一派です。ファーティマ朝を築きイスラム世界に大きな影響を与えた一方で、イマーム継承をめぐる争いから数多くの分派が生まれ、それぞれ独自の信仰を保ちながら現代まで続いています。その歴史と多様な分派を理解することは、イスラム世界の多様性を知る上で非常に重要です。

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