カワムツ

コイ科に分類されるカワムツ（学名：Nipponocypris temminckii）は、主に日本の西日本地域（能登半島、天竜川水系以西の本州、四国、九州）から朝鮮半島、中国にかけて広く分布する淡水魚です。その生息域においては、オイカワやウグイなどと並んで、非常に身近な川魚として親しまれています。近年では、アユなどの放流に紛れて東日本の一部にも分布を広げていることが確認されています。

形態的特徴

成魚の体長は通常10〜15cm程度ですが、オスはメスよりも大型になり、中には20cm近くに達するものもいます。体形は紡錘形をしており、上から見るとオイカワに似ていますが、体に対する各ひれの割合が小さく、また体側の側扁が弱いため、比較的体幅が広いのが特徴です。成長した大型個体では、胴体の太い部分が長く、魚雷のような形になる傾向があります。頭部は吻が短く丸みを帯び、ずんぐりとした印象です。口は大きく「への字」に開きますが、ハスのように唇が折れ曲がることはありません。

体色は、背側が黄褐色を帯び、体側には特徴的な太い紺色の縦帯が走ります。背びれの前方には黄色の紡錘形をした斑点が一つあり、胸びれと腹びれの前縁も黄色です。オイカワと同様に、三角形の大きな尻びれを持っています。若い個体やメスは体側から腹部にかけてが銀白色ですが、繁殖期を迎えたオスの成魚は、喉から腹部にかけてが鮮やかな赤色に染まり、顔には追星（おいぼし）と呼ばれる白い突起が明瞭に現れます。この追星や婚姻色は、求愛行動や産卵に関わると考えられています。

外見は、近縁種のヌマムツと非常に酷似しており、2000年頃までは同一種として扱われていました。しかし、その後の研究により、鱗の数（側線鱗数で区別される）、体側の縦帯やひれの色、さらには後述する生息環境への適応様式の違いなどから、現在は別種とされています。

生態

生息環境と棲み分け

カワムツは、川や湖沼など多様な水域に生息しますが、特に水質の比較的良い、流れの緩やかな場所を好む傾向があります。岸辺の茂みや水草の下など、物陰となる場所に多く生息しており、危険を感じると素早く隠れます。興味深いことに、カワムツは他の同属または近縁種との間で、河川内の特定の環境を巡る棲み分けが見られます。例えば、川那部浩哉氏による宇川での研究では、オイカワが流れの速い「瀬」を利用するのに対し、カワムツは流れの緩やかな川底の深い部分である「淵」に追いやられることが観察されました。さらにアユが加わると、アユが浅瀬を占め、オイカワが流れの中心や淵へ、そしてカワムツは瀬へと押し出され、アユと瀬で共存するという複雑な関係性が明らかになっています。この棲み分けの例は生物学の教科書にもしばしば掲載されています。しかし近年、河川改修による平坦な流れ（平瀬）の増加などが原因で、オイカワが増加しカワムツが減少するケースがある一方で、逆にカワムツが優占種となるパターンも関東地方などで見られ、両者の関係は変化しつつあります。また、河川改修や農業用水の取水による水量減少が、本来は棲み分けているオイカワとの産卵場所の重複を招き、交雑が確認される地域も出てきており、その生態への影響が懸念されています。

食性

食性は雑食性で、非常に多様なものを食べます。水生昆虫や、水面に落下してきた陸上の昆虫、小型の甲殻類、さらには小魚なども捕食しますが、藻類や水草も食料とします。この幅広い食性が、多様な環境への適応を可能にしていると考えられます。

繁殖

繁殖期は5月から8月にかけての暖かい時期です。この時期になると、オスの婚姻色は最も鮮やかになり、顔の追星も発達します。カワムツは昼間の水温が上昇した時間帯に、川の浅く開けた場所に集まり、砂礫底に産卵します。産卵行動の際には、まだカップリングできなかった若い個体が集まってきて、産み落とされた卵を食べてしまうことも知られています。

人間との関わり

カワムツは、その分布域において個体数が多く、比較的簡単に観察できるため、多くの人々にとって身近な川魚です。子供たちの水遊びの相手になったり、川釣りの対象魚（専門的に狙われる場合も、他の魚を狙っている際に釣れる「外道」としても）として親しまれています。釣り方としては、ウキ釣りやミャク釣りなどがあり、練り餌、川虫、サシ（ハエの幼虫）、ミミズ、毛針、ブドウ虫（ガの幼虫）など、様々な餌やルアー、フライに反応します。食用としては、一般的にはあまり積極的に利用されませんが、オイカワなどと同様に、甘露煮や唐揚げにすると美味しく食べられます。また、ナマズや大型の肉食魚などを狙う際の活き餌として利用されることもあります。近年では、その引きの強さや美しい姿から、フライフィッシングやルアーフィッシングの対象としても人気が高まっています。

家庭での飼育も可能ですが、成長すると比較的大きくなるため、大型で蓋付きの水槽を用意する必要があります。魚としては比較的丈夫で餌も選びませんが、同種を含む他の魚に対して攻撃的な一面を見せることがあるため、混泳には注意が必要です。一方で、人間に対しては非常に臆病な性質を持っています。

名称と分類の歴史

カワムツには、地方によって様々な方言名が存在します。「ハヤ」「ハエ」といった名称は、カワムツだけでなくウグイやオイカワなど、同じような環境に生息するコイ科魚類の総称として用いられることが多く、これは魚の素早い動きに由来すると言われています。その他にも、アカバエ、ヤマソ（北九州）、モト（近畿）、ハイジャコ（和歌山）、ムツ、モツ（琵琶湖周辺）、ブト（静岡）、ダンバエ（岡山）、アカマツ（香川）など、地域色の豊かな呼び名があります。

カワムツがヨーロッパに初めて紹介されたのは、江戸時代の終わりに長崎に滞在したドイツ人医師シーボルトによるとされています。学名にまつわる歴史も興味深く、かつてカワムツはオイカワ属（Zacco）に分類されていました。オイカワ属の属名「Zacco」は、日本語の「雑魚（ザコ）」に由来するとも言われています。このオイカワ属にはオイカワ、カワムツ、ヌマムツが含まれていましたが、2008年には遺伝的な研究などに基づき、カワムツとヌマムツがオイカワ属から分離され、「カワムツ属」（Nipponocypris）という新しい属が設けられました（なお、オイカワ自身も後にハス属 Opsariichthys に移されています）。種小名「temminckii」は、この魚の命名に貢献した研究者の一人、テミンク氏に献名されたものです。

特にヌマムツとの関係は複雑で、2000年頃まで両種は同一種内の地理的な亜種、あるいは型として扱われ、ヌマムツが「カワムツA型」、カワムツが「カワムツB型」と呼ばれていました。しかし、両者の間では自然な交雑がほとんど見られないこと、形態的な差異（特に側線鱗の数：カワムツは46-55に対しヌマムツは53-63）、体側の縦帯やひれの色合いの違いに加え、生息環境への適応様式が異なること（カワムツは河川の中・上流域の流水環境を好むのに対し、ヌマムツは用水路、支流、湖沼などの緩やかな流れや止水環境を好む）が明らかになり、遺伝的な解析も支持したことから、別種として扱うべきとの結論に至りました。そして2003年に、それまでのカワムツA型に「ヌマムツ」の和名が、カワムツB型に「カワムツ」の和名が正式に与えられ、現在に至っています。

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