カーネーションの聖母 (レオナルド)

『カーネーションの聖母』は、ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが、1473年から1478年頃に制作した油彩画です。この作品は、聖母マリアが幼子イエスを抱き、赤いカーネーションを手にする姿を描いています。このカーネーションが作品名の由来となっています。

作品の詳細

描かれているのは、幼子イエスを抱く若い聖母マリアです。聖母は欄干の背後に立ち、幼子イエスは不自然な姿勢で欄干に座っています。イエスは聖母の右腕に抱かれ、左足を上げています。この左足が指し示すのは、金色のペチコートのひだであり、その形が横たわった8の字を描いていることから、キリストの降誕を象徴していると解釈されています。

画面の中央には、聖母が見つめる赤いカーネーションがあります。聖母はやや憂鬱な表情でカーネーションをイエスに差し出し、イエスもそれを受け取ろうとしています。この赤いカーネーションは、キリストの受難の血を象徴するとともに、母と子、つまり教会とキリストの神秘的な結婚を示唆しています。幼子イエスは、父なる神のいる空を見上げ、自身の悲劇的な運命を受け入れているかのようです。

人物の顔は光の中に描かれていますが、カーネーションは影の中に描かれており、象徴的な意味合いを強めています。絵画は、前景の聖母と幼子、中景の人物像の背後から窓まで、そして遠景の窓から見える風景と、三つの奥行きに分かれています。背景には四つの窓があり、地平線が見える風景が描かれています。聖母の頭部の左右には山々が配置されており、それらは聖母に向かってわずかに傾いています。裸の幼子イエスは、ふくよかに描かれており、聖母は当時の貴重な衣服を身につけ、マントは『岩窟の聖母』を思わせる真珠で飾られた大きなブローチで留められています。聖母の髪型も精巧に編み込まれています。

この作品には、師であるアンドレア・デル・ヴェロッキオからの影響が強く見られます。板絵の表面には、顔料の収縮によるしわが見られ、初期の作品であることを示唆しています。当時はまだ新しい技法であった油彩の使用に関する知識が不十分であったことを示唆しています。ポプラ材の木製パネルは曲率が大きいため、裏面が削られて平らにされています。華やかで彩色豊かな額縁はルネサンス時代のもので、保存状態も良好です。

来歴

『カーネーションの聖母』は、その特徴的なカーネーションからこの名で呼ばれる以前は『聖母子』として知られていました。この絵画は、レオナルドがヴェロッキオの工房で制作した初期の作品とされています。最初の所有者は、メディチ家出身の教皇クレメンス7世である可能性が示唆されています。ヴァザーリによると、教皇はレオナルドの聖母画をガラスの花瓶とともに所有していたとされ、『カーネーションの聖母』は花瓶とともに描かれた唯一の作品です。一方で、教皇の父であるジュリアーノ・デ・メディチのために描かれたという説もあり、聖母のモデルがシモネッタ・ヴェスプッチであるという見方もあります。

19世紀後半には、ドナウ川流域の都市ギュンツブルクの薬剤師アウグスト・ヴェッツラーが所有していました。その後、アウグストの妹であるテレーズ・ウェッツラーが相続し、1886年に競売にかけられました。医師のアルベルト・ハウクがこの絵画を競り落とし、1889年にミュンヘンのアルテ・ピナコテークに売却しました。

当初、この絵画はレオナルドの師であるヴェロッキオの派閥による作品とされていました。しかし、ハインリッヒ・フォン・ガイミュラーが初めてレオナルドの作品であると帰属しました。その後の分析により、ヴェロッキオの工房に由来するものの、レオナルド一人によって描かれた可能性が高いという結論に至りました。シュミットは、ロレンツォ・ディ・クレディの作品であると主張しましたが、ジョヴァンニ・モレッリやリーフェルなどは、失われたレオナルド作品の複製であると考えていました。しかし、1925年にヴェントゥーリが自説を修正し、レオナルドの作品であると主張しました。この説は、その後の研究によって一般的に認められています。

ルーヴル美術館所蔵の聖母の頭部を描いたレオナルドの素描も、この帰属を裏付けるものとされています。また、聖母が身につけているブローチは、『岩窟の聖母』や『ブノアの聖母』、『ドレフュスの聖母』など、他のレオナルド作品にも見られる共通の要素です。

現在、『カーネーションの聖母』は、ドイツの美術館に所蔵されているレオナルドの唯一の絵画として、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークで展示されています。

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