ガスパール・デ・グスマン

ガスパール・デ・グスマン・イ・ピメンテル：オリバーレス公爵の生涯と政治

ガスパール・デ・グスマン・イ・ピメンテル（1587年1月6日 – 1645年7月22日）、通称オリバーレス公爵は、17世紀スペインにおいてフェリペ4世の治世下で、寵臣として政治の実権を握った人物です。

生い立ちと政治家への転身

オリバーレス公爵は、第2代オリバーレス伯爵エンリケ・デ・グスマン・イ・リベラの息子として、ローマのスペイン大使館で生まれました。当初は聖職者の道を目指し、サラマンカ大学の学長を務めた経験もありますが、兄弟の相次ぐ死により家督を継ぎ、政治家としての道を歩み始めました。

1615年、後のフェリペ4世となるアストゥリアス公フェリペの侍従に採用され、政治家としての頭角を現します。1621年にフェリペ4世が即位すると、叔父のモンテレイ伯爵が首席大臣に任命されますが、オリバーレスはその後ろ盾となり実質的な権力を握りました。この年にオリバーレスは、伯爵位に「グランデ」の特権を与えられます。この「グランデ」の称号は、爵位の上下よりも重要視される名誉であり、彼が後にオリバーレス伯爵を名乗り続けた理由の一つとなっています。

1622年にモンテレイ伯爵が引退すると、オリバーレスは速やかに首席大臣の地位を継承し、国王の代理である「寵臣」（valido）の称号も得ました。1624年には、フェリペ4世に政治計画である「大建白書」（グラン・メモリアル）を提出し、スペインの改革を目指します。

オリバーレスの改革と挫折

オリバーレスが取り組んだ課題は、当時のスペイン王国が抱えていた難題の数々でした。三十年戦争や八十年戦争への対応、財政再建、そしてカスティーリャ、アラゴン、カタルーニャ、ポルトガルなど多岐にわたる地域を抱える大スペイン王国の統合といった課題です。彼の改革の柱は「軍隊統合計画」で、地域的な特権や関税を撤廃し、帝国の集団安全保障と国家としての統合を強化しようとするものでした。

また、オリバーレスは純血令や騎士団令など、当時の社会発展を阻害していた血の純潔を重んじる風潮の改革にも取り組み、財政面ではジェノヴァの銀行家への過度の依存からの脱却を目指しました。これらの政策はユダヤ人差別の緩和にもつながるものでしたが、結果的には頓挫することになります。彼がこれらの政策に取り組んだ背景には、自身がコンベルソ（改宗ユダヤ人）の血を引いていたという説もあります。

オリバーレスは清廉潔白な政治姿勢と驚異的な事務能力、鋭い政治構想力によってこれらの課題に挑みましたが、特権を守ろうとする貴族階級の抵抗に遭いました。「軍隊統合計画」は地域勢力の反発を招き、1640年にはカタルーニャで大規模な反乱（収穫人戦争）が勃発し、ポルトガルでは独立戦争が始まりました。対外戦争でも、フランドル戦線やフランス・スペイン戦争で劣勢を強いられ、1643年に寵臣の座を追われ、翌年、失意のうちに修道院で亡くなりました。

評価と芸術作品

オリバーレスが政権を担った時代は、スペインの「黄金世紀」の末期にあたり、ハプスブルク朝スペインの衰退が始まった時期でした。そのため、現在のスペインでの評価は低いものとなっています。しかし、当時のスペインにおいては稀有な政治能力と清潔さを兼ね備えた人物であったことは確かであり、研究者による再評価も進められています。

オリバーレスを描いた芸術作品としては、ディエゴ・ベラスケスの肖像画が有名です。また、同時代の作家フランシスコ・デ・ケベードの作品や、近年のアルトゥーロ・ペレス＝レベルテの小説『アラトリステ』にも登場するなど、後世に大きな影響を与えています。

参考文献

「リシュリューとオリバーレス」（J・Hエリオット著、藤田一成訳、岩波書店、1988年）ISBN 978-4000024501
「黄昏のスペイン帝国―オリバーレスとリシュリュー」（色摩力夫著　中央公論社 1996年）ISBN 978-4120025952
「世界の歴史17 ヨーロッパ近世の開花」（長谷川輝夫、大久保桂子、土肥恒之共著、中公文庫、2009年）ISBN 978-4-12-205115-7
「ラルース図説 世界史人物百科〈2〉ルネサンス‐啓蒙時代 (1492‐1789)―コロンブスからワシントンまで」（フランソワ・トレモリエール (著)、カトリーヌ・リシ (著)、樺山紘一 (訳)、原書房、2004年）ISBN 978-4562037292

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