クィントゥス・ファビウス・マクシムス

クィントゥス・ファビウス・マクシムス：持久戦でローマを救った「盾」

クィントゥス・ファビウス・マクシムス・ウェッルコスス・クンクタートル（紀元前275年 - 紀元前203年）は、共和政ローマの政治家、そして将軍です。彼は、特に第二次ポエニ戦争での活躍が有名で、持久戦略を駆使してカルタゴの将軍ハンニバルを苦しめ、「ローマの盾」と称えられました。彼の名前は、戦略的忍耐を意味する「ファビアン戦略」や、漸進的な社会改革を目指す運動「フェビアニズム」の由来にもなっています。

生涯

初期のキャリア

ファビウスは、名門ファビウス氏族の出身で、早くも10歳でアウグル（鳥占官）に任命され、その後62年間その職を務めました。第一次ポエニ戦争にも参加しましたが、その詳細は不明です。戦後、彼は政治家としての頭角を現し、クァエストル（財務官）、アエディリス・クルリス（按察官）を経て、第二次ポエニ戦争以前に2度の執政官と監察官を務めました。

第二次ポエニ戦争

紀元前219年、ハンニバル率いるカルタゴ軍がローマの同盟都市サグントゥムを攻撃したことをきっかけに、第二次ポエニ戦争が勃発します。ファビウスは、ローマからの使節団の一員としてカルタゴへ赴き、宣戦を布告しました。その後、トラシメヌス湖畔の戦いでローマ軍が大敗すると、元老院によってファビウスは異例の独裁官に任命され、事態の収拾を託されます。

ファビウスは、ハンニバルの強さを認め、正面からの決戦を避けました。彼は、カルタゴ軍が遠征地で兵站に苦しみ、補給を略奪に頼らざるを得ない状況に着目し、持久戦に徹しました。カルタゴ軍の進軍を妨害せず、影のように追尾し、補給線を焦土化することで、敵の消耗を待ちました。この戦略が後にファビアン戦略と呼ばれるようになります。

クンクタトル

ファビウスの持久戦略は、当初、多くの批判を浴びました。焦土化された土地の住民や、政敵であるマギステル・エクィトゥム（騎兵長官）のマルクス・ミヌキウス・ルフス、さらには元老院までもが、彼の消極的な姿勢を非難しました。この時、ファビウスには「クンクタトル」（のろま、ぐず）というあだ名が付けられました。また、カルタゴ軍を途中で攻撃しようとして失敗したことも、彼の評価をさらに下げました。

ファビウスの失策後、ミヌキウスが一時的に軍の指揮を執り、カルタゴ軍に攻撃を仕掛けて戦果を上げました。これにより、ミヌキウスは元老院や民衆から賞賛され、ファビウスが軍に復帰した後も指揮権を要求するようになります。やむなくファビウスは軍を分割し、ミヌキウスに指揮を委ねました。

その後、ミヌキウスはハンニバルの罠にかかり、甚大な損害を被りますが、ファビウスの救援によって辛うじて救われます。大敗を喫したミヌキウスは、自らの過ちを認め、ファビウスを「第二の父」として敬い、優れた指揮官として認めました（ゲロニウムの戦い）。

ローマの盾

ファビウスの独裁官としての任期が終了した後、執政官が指揮権を掌握しました。しかし、ファビウスの消極策を批判した執政官がカンナエの戦いでハンニバルに大敗を喫すると、元老院や民衆はファビウスの戦略の正しさを認識しました。クンクタトルという蔑称は、この時「細心、周到」といった意味合いに変わりました。

その後、ファビウスは再び補充執政官に選出され、持久戦略を継続しました。彼はマルクス・クラウディウス・マルケッルスと共に執政官を務め、小競り合いを繰り返しながらも、決定的な衝突は避けました。戦場は次第にシチリア島やイベリア半島へと移っていき、ハンニバルとその軍隊は次第に弱体化していきました。

紀元前209年のタレントゥム制圧はファビウスの戦果として挙げられますが、これは内応によるもので、彼の純粋な軍事的勝利とは言い難いかもしれません。ファビウスの真の才能は、戦略面にあったと言えるでしょう。彼は3度執政官を務め、その優れた指導力と防御を重視する戦略から「ローマの盾」と称えられました。一方、マルケッルスは「ローマの剣」と呼ばれ、攻撃的な戦略が評価されました。

ファビウスは、スキピオ・アフリカヌスのアフリカ遠征には反対していましたが、スキピオの活躍によってポエニ戦争が終結する前に亡くなりました。彼は、ハンニバルのイタリア半島からの排除を最優先として考えていたのです。

ファビウス・マクシムスの功績は、戦術的な勝利だけでなく、ローマの国力を温存し、最終的にハンニバルを打ち破るための戦略的な基盤を築いたことにあります。

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