スキピオ・アフリカヌス

プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス

プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル（紀元前236年 - 紀元前183年頃）は、共和政ローマを代表する政治家であり、傑出した軍人です。彼は、第二次ポエニ戦争においてカルタゴの将軍ハンニバルを打ち破り、ローマの勝利に大きく貢献しました。その功績から「スキピオ・アフリカヌス」と称えられ、後世の歴史家や戦略家からも高く評価されています。

生涯

幼少期

スキピオは、名門貴族コルネリウス氏族のスキピオ家に生まれました。父はプブリウス・コルネリウス・スキピオ、母はプレブス出身のポンポニアです。幼少期から敬虔な少年として知られ、神殿で神託や前兆を頻繁に見たと伝えられています。若くしてその評判は高く、周囲からは早くから公職に就くことを期待されていました。兄弟のルキウスとともに24歳で公職に就き、元老院の一員となりました。

17歳の時、第二次ポエニ戦争が勃発し、スキピオはローマ軍に参加します。ティキヌス、トレビア、カンナエなどの敗戦を経験し、ハンニバルの卓越した軍事的手腕を目の当たりにしました。カンナエの戦いでは、義父であるルキウス・アエミリウス・パウルスが戦死するなど、多くの犠牲者を出し、この敗戦を契機にスキピオは残存騎兵を率いて戦況の打開を試みます。紀元前212年、周囲の勧めで按察官に就任しますが、法定年齢に達していなかったため、護民官からの反対を受けるも、その人気に押されて撤回されました。

紀元前211年、父と伯父が戦死。翌年25歳でスキピオは元老院を説得し、前執政官の地位を得ます。これは、若年の按察官には異例の抜擢でした。スキピオは、ヒスパニアに派遣される軍団の指揮官として任命され、カルタゴとの戦いに本格的に乗り出します。

ポエニ戦争期

ヒスパニア遠征

ヒスパニアは当時、カルタゴの支配下にあり、ハスドルバル・バルカとハスドルバル・ギスコが統治していました。スキピオは海路からカルタゴ・ノウァ（現カルタヘナ）を急襲して占拠し、カルタゴ軍を驚かせました。この都市の財力を利用し、現地民を買収し、カルタゴからの解放者として振る舞いました。また、部族からの贈り物として美しい娘を贈られた際、婚約者がいることを知り、金品を添えて返したという逸話があります。この時、短剣グラディウスが生産されたとも伝えられています。

スキピオはヒスパニアでの戦いを有利に進めますが、ローマ元老院の関心はイタリア本土でのハンニバルとの戦いに集中しており、スキピオはヒスパニアの現地人による軍団を編成しました。紀元前209年、バエクラの戦いでハスドルバルを破りますが、慎重策を取り、結果としてハスドルバルは逃走し、後のローマ領ガリアへの侵入を許すことになります。

アフリカ遠征への布石

スキピオはその後もヒスパニアの部族を制圧し、イリッパの戦いでカルタゴ軍を一掃しました。北アフリカへの進攻を計画し、ヌミディア王国との同盟交渉のため、友人のガイウス・ラエリウスを派遣しますが、ヌミディア王子シュファクスはスキピオとの直接交渉を求めました。スキピオは危険を冒してヌミディアに赴き、シュファクスとマシニッサ両王子との同盟を締結します。後にシュファクスはカルタゴに寝返りますが、マシニッサはスキピオの同盟を堅持し、ローマ軍の支援部隊として参加することになります。

ヒスパニアへの帰還中に反乱が発生し、鎮圧に手間取っている間に、ハスドルバルがローマ領ガリアに侵攻します。しかし紀元前206年、カディスの攻略によりヒスパニアのローマ支配を確立し、スキピオはローマに帰還しました。

執政官選出

紀元前205年、スキピオは31歳で執政官に選ばれましたが、元老院はシチリア島以南への渡航を禁じ、軍団も与えませんでした。ローマはクィントゥス・ファビウス・マクシムスの非攻勢戦略を採用しており、元老院はスキピオの攻勢転換策を認めませんでした。スキピオは市民からの義勇兵を募り、シチリア島で訓練を行い、カンナエの戦いの生き残りが多く参加しました。

スキピオはハンニバルの用兵術を分析し、機動性の高い騎兵の活用が有効であること、カルタゴ軍が傭兵とヌミディア騎兵に依存していることを把握していました。ローマ騎兵の質が低いことも理解しており、シチリア島の支配階級から騎兵を編成し、軍の強化を図りました。元老院の反対にもかかわらず、神託の結果、北アフリカへの渡航を認められましたが、元老院の支援は得られませんでした。

アフリカ遠征

紀元前204年、スキピオは北アフリカに上陸し、ウティカを包囲しますが、親カルタゴ派のヌミディア王シュファクスの妨害により失敗しました。しかし、翌年にカルタゴ・ヌミディア同盟軍を夜襲で破り、シュファクスを王位から追放、マシニッサを新たなヌミディア王に据えました。これにより、カルタゴは騎兵戦力を失い、孤立することになりました。

ザマの戦い

カルタゴはスキピオの攻勢に劣勢となり、ハンニバルに帰還を要請しました。帰還したハンニバルは、スキピオの和平提案を拒否し、両軍はザマで対峙します。ハンニバルの兵力は歩兵58,000人、騎兵6,000騎。スキピオの兵力は歩兵34,000人、騎兵8,700騎でした。両軍は会見しますが、決裂し、戦闘に入りました。

紀元前202年 10月9日、ハンニバルは重装歩兵を主体とした陣形をとり、戦象を前面に配置しました。スキピオはマニプルス隊形を用いて小集団で機動性を確保し、右翼にヌミディア騎兵を配置しました。戦象の突撃に対してローマ軍は巧みな回避行動をとり、戦象は隊列を乱して暴走しました。ヌミディア騎兵とローマ騎兵はカルタゴ騎兵を追撃し、歩兵同士の激戦となりました。スキピオは兵の疲弊を抑えつつ戦線を広げ、ハンニバルの主力を包囲し、後方から騎兵による攻撃を加え、カンナエの戦いと同様の包囲殲滅を実現しました。この勝利により、第二次ポエニ戦争は事実上終結しました。スキピオはカルタゴに対して寛容な処置を行いますが、この戦後処理は、多くのローマ人の反感を買いました。

戦後

ローマ帰国後

ローマに帰還したスキピオは熱狂的な歓迎を受け、凱旋式を挙行し、「アフリカヌス」の尊称を授与されました。彼は終身執政官や終身独裁官の提案をすべて断り、紀元前199年に監察官に選ばれ、その後は隠遁生活を送りました。紀元前193年、カルタゴとヌミディアの紛争調停のため北アフリカに赴きますが、不調に終わりました。その後、ハンニバルがシリアに亡命し、ローマはセレウコス朝に宣戦布告します。スキピオの弟ルキウスが総指揮を執り、スキピオは参謀として従軍し、マグネシアの戦いで勝利を収めました。

スキピオ弾劾

救国の英雄であったスキピオでしたが、元老院では政敵カトが勢力を増していました。紀元前187年、弟ルキウスがアンティオコスから金銭を受け取ったとして告発されます。スキピオはこれに反論し、告発は取り下げられましたが、後にルキウスは断罪されます。紀元前185年には、スキピオ自身も賄賂の嫌疑で告発されます。この日はザマの戦勝記念日であり、スキピオは人々を神殿に誘い、その偉業を讃えさせました。しかし、追及の手は厳しくなり、窮地に立たされます。護民官ティベリウス・センプロニウス・グラックス・マイヨルの擁護により、スキピオは無罪となりましたが、政治の舞台から退くことになりました。スキピオは、恩人であるグラックスに娘のコルネリアを嫁がせることを約束しています。

晩年

晩年のスキピオはカンパニア地方で過ごし、二度とローマには戻りませんでした。紀元前183年頃に死去したとされています。同時代人による彼の死についての記録は少なく、死因も不明です。スキピオは先祖代々の墓を拒否し、墓石に「恩知らずの我が祖国よ、お前は我が骨を持つことはないだろう」と刻ませたと伝えられています。彼の墓の場所は不明です。

スキピオの戦術

スキピオの戦術は、ハンニバルがカンナエの戦いで用いた戦法を踏襲し、歩兵で敵の攻勢を防御し、優勢な騎兵が敵の後方に回り包囲殲滅するというものでした。この戦法は現代でも有効とされ、各国の陸軍士官学校で教材として使われています。

評価

後世での評価

スキピオは、現在でも第一級の用兵家として評価されています。生涯無敗であったとされ、ローマの領域をイタリア半島外に広げた最初の人物です。彼の進攻後、イベリア半島の社会は安定し、ローマの属州として統治されました。また、兵士への土地分配も行い、ローマ軍の制度に大きな影響を与えました。スキピオのギリシア文化への傾倒は、後のローマ上流階級の文化の基礎となりました。

同時代人からの評価

元老院階級は、スキピオのギリシア文化への傾倒を批判し、彼の行動は元老院をないがしろにしていると見なしていました。しかし、民衆はスキピオを神性を帯びた存在として捉え、神々から好かれていると信じていました。彼がユピテル神殿に頻繁に赴き、喜捨を施していたことも、人々の信仰心を高めました。

家族

スキピオの娘コルネリアは、グラックスに嫁ぎ、グラックス兄弟を産みました。長女はスキピオ・ナシカ・コルクルムに嫁ぎ、プブリウス・コルネリウス・スキピオ・ナシカ・セラピオを産みました。スキピオの子孫はローマの歴史に重要な影響を与えました。