クラテール

クラテール：古代ギリシアの酒宴を彩る大型土器

古代ギリシア社会において、クラテールはワインと水を混ぜ合わせるために用いられた大型の土器です。その名称は、ギリシア語で「混ぜる」を意味する動詞に由来しています。クラテールは単なる容器ではなく、古代ギリシアの豊かな文化と社交生活を象徴する重要な存在でした。

クラテールの形状と機能

古代ギリシアの饗宴では、クラテールは部屋の中心に置かれ、参加者たちが集う中心的な存在でした。その大きさは、満杯の状態では容易に移動できないほどであり、ワインと水の混合、そして客への給仕は、別の容器を用いて行われていました。ホメロスの『オデュッセイア』には、宴会場でクラテールからワインを汲み、客の杯に注ぐ様子が生き生きと描写されており、当時の宴会の賑やかさを伺い知ることができます。現代ギリシア語で薄めていないワインを意味する「krasi」という言葉も、クラテールでのワインと水の混合に由来しています。クラテールの内面には釉薬が施され、液体のしみ込みを防いでいました。また、内部を容易に覗き込める形状は、美的感覚も考慮されたデザインであると考えられています。

饗宴におけるクラテールの役割と慣習

饗宴の開始時には、参加者から饗宴の主催者、あるいは「酒の普遍的な支配者」が選ばれました。この主催者は、ワインの給仕を管理し、ワインと水の混合比率、杯を満たす頻度などを決定する権限を有していました。クラテールの使用、そしてワインの注ぎ方なども、主催者の裁量によって決められました。優れた主催者は、参加者の酔い具合を見極め、宴会の円滑な進行を担っていました。

ワインの希釈：古代ギリシアの嗜好

古代ギリシアでは、希釈せずにワインを飲むことは大変な無作法とされ、節度と徳に欠けた大酒飲みとみなされました。古代の文献では、会話に適したワインと水の理想的な比率は1：3とされ、より楽しい宴会の際には1：2とされていました。1：1の比率は、どんちゃん騒ぎにしか向かないとされ、ほとんど用いられませんでした。現代のワインとは異なり、古代ギリシアのワインは干しブドウなどを使用して糖度を高めた原料から作られており、アルコール度が高かったと推測されています。これは、経年劣化や輸送中の変化への耐性を高めるためだと考えられています。しかし、古代の文献にはワイン醸造法に関する記述が少なく、この推測は裏付けられていません。

クラテールの型式

クラテールは様々な型式が存在しました。主なものとしては、以下の種類があります。

円柱型クラテール: コリントスで生まれ、アテナイで広く用いられた、典型的な黒絵式陶器のクラテールです。
萼型クラテール: 紀元前525年頃、陶工エクセキアスによって考案されたと推測されています。口の部分が花の萼を思わせる形状が特徴です。
渦巻型クラテール: アッティカ地方の様式で、紀元前4世紀末まで続きました。持ち手がイオニア式柱頭の渦巻模様を模しています。
鐘型クラテール: 鐘を逆さにしたような形状をしたクラテールで、赤絵式陶器で作られていました。

金属製のクラテール

多くの研究者は、クラテールは当初金属で作られており、後に陶器製のものが模倣して作られたと考えています。サモス島の僭主ポリュクラテスやクロイソスが所持していたもの、デルポイの神託所に捧げられたものなど、大型で有名な金属製クラテールも存在しました。現存する青銅製のクラテールは多くありませんが、多くが渦巻型です。ペロポネソス半島を中心に生産され、古典期には萼型と共に一般的でした。マケドニアの紀元前4世紀の墓からは、精巧な金属製クラテールが出土しており、特に「Derveni krater」は古代ギリシアの金属細工の傑作と評価されています。

クラテールは、単なる酒器を超えた、古代ギリシア文化を象徴する重要な遺物です。その形状や装飾、そして使用法から、当時の社会や文化、生活様式を垣間見ることができます。

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