クロイソス

クロイソス（紀元前595年頃 - 紀元前547年頃?）は、古代アナトリアに栄えたリュディア王国の最後の君主であり（在位：紀元前560年/561年頃 - 紀元前547年頃）、その並外れた財力によって歴史に名を刻んだ人物です。彼は父であるアリュアッテス王の後を継いで即位し、リュディアを繁栄させましたが、最終的には強大化するペルシアのアケメネス朝に敗れ、王国は滅亡しました。

クロイソスの名は、その膨大な富と切っても切り離せない関係にあります。古代ギリシアやペルシアでは、彼の名前そのものが「富める者」と同義語となるほどでした。現代においても、ヨーロッパ系の言語では大富豪を指す代名詞として使われており、「クロイソスほど裕福な（〜よりも裕福な）」といった慣用表現が残っています。また、彼は史上初の公認された通貨制度や貨幣体系を確立した人物と広く認識されています。

生涯と伝説

クロイソスに関する情報は、主に古代ギリシアの歴史家ヘロドトスの著書『歴史』に詳しい記述が見られます。ヘロドトスの物語はリュディア古来の伝承に由来すると考えられており、クロイソスは既に歴史記述の枠を超え、神話的な存在として語られていたことが示唆されています。その他にも、詩人バッキュリデース、歴史家クセノポン、医師クテシアスなどの著作にも彼への言及が見られます。

ヘロドトスによると、クロイソスは紀元前595年頃、リュディア王アリュアッテスの息子として生を受けました。父の死後に王位を継いだ彼は、小アジア沿岸部のイオニア地方にあるギリシア都市国家群を次々と征服し、リュディア王国の支配領域を拡大しました。この頃、多くのギリシアの賢人たちがリュディアを訪れたと伝えられています。その訪問者の中にアテネの賢人ソロンがいました。クロイソスが自身の膨大な富こそが最高の幸福の証であると語った際、ソロンは物質的な豊かさ以上に尊いものがあること、そして人の幸福は最期を迎えるまで定まらないことを説き、彼の考えを否定したと伝えられています。

ソロンの言葉を裏付けるかのように、以降、クロイソスの人生には次々と不幸が降りかかります。ミュシアでの猪狩りの最中、客人であったアドラストスが放った槍が逸れ、婚礼を間近に控えていた愛息アテュスを誤って殺害してしまうという悲劇に見舞われました。深い悲しみに沈む中、強大化するペルシアのアケメネス朝を率いるキュロス2世との避けられない戦いが迫ります。

ペルシアとの戦いと神託

クロイソスは戦端を開く前に、デルポイをはじめとする高名な神託所に神意を問いました。彼はデルポイに対し、想像を絶するほど高価な奉納品を惜しみなく捧げます。しかし、デルポイから得られた神託は、「もしリュディアがペルシアと戦えば、一つの大帝国が滅亡するだろう」という極めて曖昧なものでした。クロイソスはこの「帝国」をペルシアであると都合良く解釈し、戦いを決意します。続けて、強力な同盟相手を求める神託を乞うた答えは「ギリシアの中で最も強大な国家」というものでした。さらに王権の永続性に関する三度目の神託を求めますが、これは当時のアテネの勢力拡大を示唆していたとされる一方、クロイソスはそれを読み解けず、強国と信じていたスパルタとの同盟締結に踏み切ったとされています。

紀元前547年、クロイソスはスパルタとの同盟軍を率いてアナトリア中央部のハリュス川流域に進出しました。プテリア近郊でペルシア軍と交戦した後、冬営のため一旦軍を解散させた隙を突かれ、キュロス率いるペルシア軍の急襲を受けます。リュディアの都サルディスは陥落し、クロイソス自身も捕虜となりました。

最期を巡る伝承

捕虜となったクロイソスの最期については、異なる伝承が伝えられています。ヘロドトスの記すところでは、キュロスはクロイソスと家族を巨大な火刑台の上に立たせ、火をつけさせました。その時、彼はかつてソロンから受けた忠告を思い出し、涙ながらにアポローン神に祈りを捧げたといいます。すると、それまで晴れていた空に突然雨雲が現れ、激しい雨が降り注ぎ、燃え盛る炎を消し止めた、とヘロドトスは劇的に描いています。一方、詩人バッキュリデースの頌歌では、クロイソスが火に包まれる直前にアポローン神自身によって聖なるヒュペルボレイオスの地へ連れ去られたとする神話的な結末が語られています。いずれの結末にせよ、クロイソスは奇跡的に助命され、キュロスのもとで余生を送ることになったとされています。

ヘロドトスの話に戻ると、クロイソスは自国の都がペルシア兵によって略奪される様を見ても動じる様子を見せなかったといいます。その理由をキュロスに問われると、もはやあれは自分の富ではないと答え、さらに奪われた財産の十分の一をゼウス神に捧げるようキュロスに進言したという逸話が残っています。こうして、皮肉にもデルポイの神託は、クロイソス自身のリュディア王国の滅亡という形で成就したのです。

没年の不確実性

クロイソスの正確な没年については不明です。伝統的にはペルシアによるリュディア征服の年、紀元前547年頃とされることが多いです。これは古代バビロニアの『ナボニドゥス年代記』にあるキュロス王の遠征に関する記述に基づくと考えられてきましたが、当該箇所に残る楔形文字の解釈には異論があり、リュディア（LU）ではなくウラルトゥ（Ú）を指す可能性も近年指摘されています。ヘロドトスの年代記述の信頼性自体にも議論があることから、サルディス陥落の正確な時期も含め、クロイソスの晩年や死没に関する詳細は歴史学的に確定していないのが現状です。

後世への影響

クロイソスは、歴史上の人物であると同時に、富と運命の転変を象徴する伝説的な人物として後世に大きな影響を与えました。その物語は、多くの文学作品や芸術作品の主題となり、18世紀にはオペラ化もされています（ラインハルト・カイザー作曲『Der hochmütige, gestürzte und wieder erhabene Croesus』など）。彼は単なる王としてだけでなく、「富豪クロイソス」として、人々の記憶に深く刻まれています。

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