クラブ・ノクターン

フュージョン界を代表するグループ、イエロージャケッツが1998年に発表したスタジオ・アルバム『クラブ・ノクターン』は、彼らのキャリアにおいて一つの転換点となった作品です。

このアルバムは、長年作品を発表してきたワーナー・ブラザース・レコードからの最後のリリースとなり、この後グループはヘッズ・アップ・レーベルへと活動の場を移すことになります。また、ドラマーのウィリアム・ケネディにとっても、一時的にグループを離れる前の最後のレコーディング参加となりました。

『クラブ・ノクターン』の制作にあたっては、通常とは少し異なるユニークな動機がありました。グループの中心人物であるピアニストのラッセル・フェランテが、ファンとの交流のために開設していたウェブサイトを見ていた彼の妻が、「サイトにメッセージを送ってくるファンは男性が多いようだけど、女性にもっと楽しんでもらえるような音楽を演奏してみたらどうかしら？」と提案したことがきっかけになったと言われています。この言葉を受け、イエロージャケッツは従来の彼らのサウンドとは一味違う、よりソフトでムーディー、そして洗練された雰囲気を持つ音楽性へとアプローチを変えることを試みました。その結果、アルバム全体を通して夜の帳が下りるような、ロマンティックで落ち着いたムードが漂う作品に仕上がっています。

このアルバムのもう一つの大きな特徴は、フュージョンというインストゥルメンタルが中心のジャンルでありながら、多数の著名なボーカリストをゲストに迎えている点です。これは、女性リスナーへのアピールと、より広い音楽性を追求するというコンセプトを具現化したものと言えるでしょう。参加したボーカリストたちは、それぞれの個性をアルバムに持ち込んでいます。

例えば、ジャズ・ボーカル界の俊英として知られるカート・エリングは、「Up from New Orleans」と「All Is Quiet」の2曲でその表現豊かな歌声を披露しています。R&Bシンガーソングライターのブレンダ・ラッセルは、アルバムのタイトルにも通じるような雰囲気を持つ「Love and Paris Rain」に参加し、曲に深みを与えています。また、南アフリカ出身のギタリスト兼シンガーであるジョナサン・バトラーは、リチャード・ペイジが作曲した「Even the Pain」でリードボーカルを担当。ペイジ自身もバックボーカルで参加するという、興味深いコラボレーションが実現しました。

さらに、国内盤のボーナス・トラックでは、イタリア系カナダ人のAORシンガー、ジノ・ヴァネリがゲスト参加し、自身の代表曲「Living Inside Myself」のセルフカバーを披露しています。ボーカリスト以外にも、ギタリストのジェームズ・ハラやパーカッション奏者のムンヨンゴ・ジャクソンといったゲストミュージシャンが参加し、サウンドに彩りを加えています。

このアルバムを制作した際のコアメンバーは、創設メンバーであるラッセル・フェランテ（ピアノ、キーボード）とジミー・ハスリップ（エレクトリックベース）に加え、1985年からグループに参加しているボブ・ミンツァー（テナー＆ソプラノ・サクソフォーン）、そして先述のウィリアム・ケネディ（ドラムス）でした。彼ら円熟期を迎えたプレイヤーたちが、新たな試みであるボーカルフィーチャーとソフトなサウンドコンセプトを見事に融合させています。

『クラブ・ノクターン』は、フュージョンという枠組みの中で常に進化を続けるイエロージャケッツの柔軟性と実験精神を示す作品と言えるでしょう。特定のファン層への配慮から生まれたコンセプトが、結果として豪華なゲスト参加と洗練されたサウンドを生み出し、彼らのディスコグラフィーの中でも独特な光を放つ一枚となっています。このアルバムは、イエロージャケッツの幅広い音楽性と、インストゥルメンタルに留まらない表現の可能性を追求する姿勢を示しています。

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