クラリネット協奏曲 (モーツァルト)

クラリネット協奏曲 イ長調 K. 622

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1791年に作曲したクラリネット協奏曲イ長調 K.622は、クラリネットと管弦楽のための協奏曲であり、モーツァルトが協奏曲のジャンルで残した最後の作品です。正確には、独奏楽器はバセットクラリネットのために書かれています。モーツァルトがクラリネットのために書いた唯一の協奏曲でもあります。

作曲の背景

自筆譜は消失していますが、モーツァルトの作品目録への書き込みから、1791年9月28日から11月15日の間に、親しい友人でありフリーメイソンの一員でもあったアントン・シュタードラーのために作曲されたことがわかっています。シュタードラーは当時ウィーン宮廷楽団に所属していたクラリネットとバセットホルンの名手であり、この曲と『クラリネット五重奏曲 イ長調 K. 581』は、彼の演奏に触発されてモーツァルトが作曲しました。カール・マリア・フォン・ウェーバーやヨハネス・ブラームスのクラリネット作品も、特定の演奏家からインスピレーションを受けて作曲されています。

楽曲の成立

この作品の第1楽章は、1787年に同じくシュタードラーのために作曲されたとされるG管バセットホルンのための協奏曲（ケッヘル第6版で621b、199小節まで現存）に手を加えたものです。モーツァルトは、上記の期間に全体をイ長調に移調し、ファゴットを加えて第1楽章を編曲し、第2、第3楽章を新たに書き加えて1つの協奏曲として完成させました。バセットホルンの独奏パートは、K.621bの草稿と現行のクラリネット協奏曲を比較すると構成が完全に一致しており、バセットホルンの音域をクラリネットの音域に移すために若干の違いが生じた程度です。

クラリネットの特性

オーボエがほぼ均一な音色を持つ一方、クラリネットは低、中、高音域で音色が変化し、表現の幅と奥行きを持たせることができます。モーツァルトは当時まだ新しい楽器であったクラリネットの特性を捉え、特に最低音域を十分に響かせ、高音域との対照効果を巧みに引き出しています。この点で、モーツァルトはウェーバーをはじめとするロマン派の作曲家たちの先駆けとなりました。

音楽の特徴

独奏パートは華やかな技巧に彩られていますが、音楽の本質を担っているのはクラリネットだけではありません。ソロとコンチェルタントに対応しながら、オーケストラも作品全体の構成に同等の責任を負っています（『フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K. 299』では、オーケストラは伴奏に徹しているのと対照的です）。また、独奏クラリネットが伴奏に回ることもあります。

クラリネットを主役にした『クラリネット五重奏曲』とこの協奏曲が、一般的な変ロ管ではなく、イ管でイ長調をとっているのは、モーツァルトの発案によるものと思われます。イ長調はト短調とともに、モーツァルトの音楽の特性に調和する調性であり、程よい活気と官能的な雰囲気を漂わせています。この協奏曲では、そうした情調がモーツァルトの晩年の創作を特徴づける、静かで澄み切った響きの中に見事に溶け込んでおり、比類ない美しさを生み出しています。

独奏楽器について

シュタードラーが使用していた楽器は、通常のA管クラリネットではなく、さらに4つの低音（Es、D、Des、C）を追加してバセットホルンと同じ音域を実現した「Bass-klarinet」、今日ではバセットクラリネットと呼ばれる楽器でした。これは、楽器製造者であり演奏家でもあったテオドール・ロッツに依頼して作らせたものです。そのため、一部の低音部には現在の楽器では演奏できない箇所があります。

現行の楽譜は1801年にブライトコプフ・ウント・ヘルテルから出版された際に、通常のA管クラリネットで演奏できるように編曲されたものです。実際、現行版では低音域から高音域に駆け上がる部分で、低音が出せるバセットクラリネットでなければ不自然なフレーズが出てきます。現在では、当時の編曲譜をもとに数種類の復元版が作成されています。さらに、1991年には復元されたシュタードラーのバセットクラリネットを演奏に使用する試みも行われています。

楽器編成

クラリネット独奏、フルート2、ファゴット2、ホルン2、ヴァイオリン2部、ヴィオラ、バス（チェロ、コントラバス）

構成

全3楽章構成で、演奏時間は約26分です。

第1楽章 アレグロ：イ長調、4分の4拍子、ソナタ形式。モーツァルトの交響曲よりも長い359小節からなる長大な楽章ですが、カデンツァはありません。オーケストラによる主題提示で始まり、第1主題が弦楽器から管楽器へと歌い上げられ、その後、その主題に基づく模倣的な楽句が続きます。第2主題の提示は省略されています。
第2楽章 アダージョ：ニ長調、4分の3拍子、三部形式。弦楽器の伴奏に乗せて、クラリネットが静かに主旋律を奏でます。この緩徐楽章は、協奏曲というよりも室内楽のような雰囲気で、独奏楽器によるモノローグとしてまとめられています。過剰な装飾を排し、簡素で味わい深い旋律の美しさが際立っています。
* 第3楽章 ロンド：アレグロ：イ長調、8分の6拍子、ロンド形式。軽快な動きに満ちたフィナーレで、音域やリズムの対比がユーモラスな雰囲気を醸し出しています。しかし、その旋律は明るいだけでなく、どこか憂愁の影を帯びており、モーツァルトが自身の死期を悟っていたかのようにも感じられます。ロンド形式でありながら、その枠を超えた自由な処理が随所に見られます。最後はロンド主部が再現され、カデンツァなしで全曲を終えます。

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