クレオメネス3世

古代ギリシアにおいて、衰退の一途をたどっていたスパルタの再興を目指した最後の傑出した指導者の一人に、アギス朝の王クレオメネス3世（紀元前219年没）がいます。父レオニダス2世の跡を継いで紀元前235年に即位した彼は、かつてのエウリュポン朝の共同王アギス4世が試みた改革を継承し、国力の回復を図りました。しかし、その道のりはペロポネソス半島での覇権を争うアカイア同盟との激しい戦い、そしてマケドニア王国の介入によって困難を極めることになります。

生涯の始まり

クレオメネスは、後のアギス朝スパルタ王レオニダス2世とクラテシクレイアの子として生を受けました。正確な生年は不明ですが、紀元前265年から紀元前260年の間と推測されています。彼の青年期には、父レオニダス2世が当時の共同王アギス4世の改革に反対し、一時スパルタを追放されるという出来事がありました。アギスが遠征中にレオニダスは復権を果たし、帰還したアギスとその一族を処刑するという悲劇が起こります。この後、弱冠18歳頃だったクレオメネスは、父の意向により、処刑されたアギスの裕福な未亡人であり女相続人であったアギアティスと結婚することになりました。この唐突な婚姻は、伝承によればクレオメネス自身も驚きを隠せなかったと言われています。

王位継承と改革への着手

紀元前235年、父レオニダス2世の死に伴い、クレオメネスがスパルタ王に即位しました。彼は直ちに、アギス4世が志半ばで倒れた改革路線を継承することを決意します。一方、この頃、シュキオンのアラトスに率いられるアカイア同盟は、ペロポネソス半島全域の統一を目指して活動を活発化させていました。クレオメネスの即位を知ったアラトスは、スパルタの衰退ぶりを探るかのように、国境沿いのアルカディアの都市群を攻撃しました。紀元前229年頃には、テゲアやマンティネアを含むいくつかの都市がアエトリア同盟から離脱し、スパルタと同盟を結びます。これらの都市が自発的にスパルタを頼ったのか、あるいはクレオメネスが武力で制圧したのかについては、古来歴史家の間で意見が分かれています。同年後半、スパルタの最高官職である監督官たちは、係争地にあったアテナイオン砦の攻略をクレオメネスに命じ、これがアカイア同盟との全面戦争の引き金となりました。アラトスはスパルタの動向に対抗すべく夜襲を仕掛けますが失敗に終わり、クレオメネスはこれに対し皮肉を込めた問いかけを送ったと伝えられています。

クレオメネス戦争の展開と改革の断行

クレオメネスはアルカディアへの進軍を続けますが、当初は監督官たちの意向に左右され、しばしば召還されました。しかし、アラトスがカピュアイを占領すると、再びクレオメネスが出陣します。彼は寡兵ながらもアルゴス領を蹂躙し、パランティオン付近で遭遇したアカイア同盟の大軍を、アラトスの慎重すぎる判断により戦わずして退却させることに成功しました。この成功に勢いを得たクレオメネスは、エーリス攻撃中のアカイア軍をリュケイオン山付近で破る大勝を収めます。しかし、この勝利の直後、アラトスはクレオメネスの死という偽情報を逆手に取り、不意を突いてマンティネアを奪回しました。これによりスパルタ内部では戦争への反発が高まります。

この頃、共同王であったエウリュポン朝のエウダミダス3世が死去したため、クレオメネスは亡命していた叔父アルキダモス5世を帰国させて王位に就かせますが、アルキダモスは帰国後間もなく暗殺されました。クレオメネスの関与については議論が分かれています。クレオメネスは監督官を買収するなどして遠征を続け、レウクトラ村を包囲しますが、アラトス率いるアカイア軍の攻撃を受けます。一時撤退したスパルタ軍でしたが、アカイア軍のリダイダスが独断で追撃した隙を突き、反撃して大勝利を収めました。

立て続けの勝利で国内外での基盤を固めたクレオメネスは、改革の最大の障害である監督官制度の廃止を決意します。彼は忠実な部下を使って監督官たちを襲撃させ、5人のうち4人を暗殺しました。この権力掌握に成功すると、彼はリュクルゴスを改革の立法者とし、本格的な改革に着手します。彼は自らの土地を国家に献上し、他の市民や友人たちもそれに続きました。集められた土地は4000人の新市民に均等に分配され、市民階層を厚くしました。新市民には亡命スパルタ人や傭兵、そして貢献したペリオイコイ（周辺民）も含まれました。また、ヘイロータイ（隷属民）からの貢納を一定量に定め、彼らの負担を軽減しました。さらに、かつてのスパルタの厳格な軍事・社会規律を復活させ、アゴーゲー（スパルタ教育）や共同生活を奨励しました。軍制においては、マケドニア式の長槍（サリッサ）を導入するなど、新しい戦術を取り入れました。改革の仕上げとして、エウリュポン朝の王位には弟エウクレイダスを据え、スパルタの二人の王が共にアギス朝出身者となりました。

マケドニアの介入と最後の戦い

紀元前226年以降、クレオメネスはマンティネアやテゲア、ディメといった都市でアカイア同盟軍を破り、快進撃を続けました。しかし、彼の改革はスパルタ内部の保守派の反発を招き、またその軍事的成功はペロポネソス半島全体に敵意を広げる結果となりました。彼はコリントスなどの戦略的要地を占領しますが、征服地への改革の適用には消極的でした。アラトスとの和解交渉は互いの不信感から不調に終わります。

外交的失敗の後、アラトスはマケドニア王アンティゴノス3世に救援を求め、マケドニアを対スパルタ戦争に引き込むことに成功しました。マケドニア軍は幾度かコリントス地峡を突破しようと試みますが、スパルタの防衛線に阻まれました。しかし、この頃アルゴスでスパルタに対する反乱が起こり、クレオメネスはこれに対応するためコリントス地峡を放棄せざるを得なくなりました。戦況は不利となり、マケドニア軍はアルカディアまで侵攻してきます。また、クレオメネスが資金援助を受けていたプトレマイオス朝エジプトとの関係が悪化し、援助が停止されたことも大きな痛手となりました。クレオメネスはメガロポリスを破壊したり、アルゴス領を荒らすなど抵抗を続けましたが、大勢を変えることはできませんでした。

紀元前222年、両軍はセッラシアで雌雄を決する戦いに臨みます。数的優位に立つマケドニア・アカイア連合軍に対し、スパルタ軍は奮戦しますが、マケドニアの騎兵と、より重厚なファランクスによって打ち破られました。スパルタ軍は壊滅的な被害を受け、脱出できた者はクレオメネスを含めごく少数でした。

亡命と悲劇的な最期

セッラシアでの敗北後、クレオメネスは市民にアンティゴノス3世への降伏を指示し、自らは同盟者であったプトレマイオス朝を頼ってエジプトのアレクサンドリアへ逃れました。彼はそこで再起の機会をうかがっていましたが、間もなくプトレマイオス3世が死去し、後を継いだプトレマイオス4世はクレオメネスに関心を示さず、次第に彼を軟禁するようになります。自由を奪われたクレオメネスは、紀元前219年、友人たちと脱出と反乱を試みます。しかし、アレクサンドリア市民が蜂起に応じないことを悟ると、彼は再び捕らえられることを拒み、自ら命を絶ちました。

一時はペロポネソス半島に覇を唱え、スパルタ再興のために邁進したクレオメネス3世。その波乱に満ちた生涯は、多くの歴史家によって記録されています。後世の歴史家ウィリアム・スミスは、彼を「最後の真に偉大なスパルタ人」と評しています。

関連項目

エフォロイ
リュクルゴスの制
アカイア同盟
アンティゴノス3世
アラトス
セッラシアの戦い

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