ファランクス

ファランクス：古代戦場の鉄壁

ファランクス（古代ギリシア語: φάλαγξ）は、古代において重装歩兵が密集して形成した陣形です。集団で槍を構え、盾を並べたその姿は、まさに鉄壁と言えるでしょう。この陣形は、会戦において絶大な威力を発揮しました。

ファランクスの歴史

ファランクスの原型は、紀元前2500年頃の南メソポタミアにまで遡ると言われています。当時から、大盾と槍を用いた密集陣形が存在していました。しかし、中東では複合弓の発明により、弓兵が戦場の主役となります。その後、紀元前700年頃のアッシリアでも同様の隊形が確認されますが、ファランクスを本格的に活用したのは、紀元前7世紀以降の古代ギリシアでした。

古代ギリシアにおけるファランクス

古代ギリシアでは、一定以上の富を持つ市民が重装歩兵としてファランクスを構成しました。地中海交易の発達により甲冑が普及し、都市国家の形成によって共通の目的意識を持った集団が生まれたことが、ファランクス発展の背景にあります。

重装歩兵は、左手に円形の大盾、右手に槍を装備し、右半身を隣の兵士の盾で隠すように隊列を組みました。通常、縦深は8列程度でしたが、打撃力を高める際はその倍の横隊を構成しました。戦闘経験の少ない兵を中央に、経験豊富な兵を最前列と最後列に配置しました。特に、右側面は敵に晒されやすいため、最右翼には精鋭兵が配置されました。

ファランクスの戦術

ファランクスは、笛の音に合わせて歩調をとり、横隊を崩さないように前進しました。戦闘では、密集した陣形を固め、盾の上から槍を突き出して攻撃しました。前の兵士が倒れると後方の兵士が交代し、後方の兵士は槍の角度を変えて敵の矢や投槍を防ぎました。このように、ファランクスは状況に柔軟に対応できる隊形でしたが、機動性は低く、開けた場所でしか真価を発揮できませんでした。また、正面以外の攻撃には脆いという弱点もありました。

ファランクスの進化

会戦で不利な状況に置かれた側は、ファランクスに改良を加え戦力を補完しました。テーバイの将軍エパメイノンダスが使用した斜型密集隊形「ロクセ・ファランクス」は、レウクトラの戦いでスパルタ軍を破るという偉業を成し遂げました。

ロクセ・ファランクスは、ファランクスの弱点である右側面を集中攻撃するため、スパルタ軍の12列縦深に対して、テーバイ軍は左翼を50列縦深にしました。縦深が深いほど盾での押し合いに有利であり、ロクセ・ファランクスはその特性を最大限に活かした陣形でした。

部隊編成

ファランクスの部隊編成は、ポリス（都市国家）によって異なりますが、一般的な例を以下に示します。

エノーモティア：最小編成単位。25～36人の兵士で編成され、3列縦隊で進軍します。
ペンテーコストゥス（五十人隊）：2個エノーモティアで編成されます。
ロコス：2～4個ペンテーコストゥスで編成されます。
モラ：スパルタ独自の編成単位。4個ロコスで編成されます。

イフィクラテースの改革

紀元前390年、アテナイの将軍イフィクラテースは、軽装歩兵（ペルタスタイ）を用いてスパルタの重装歩兵を破り、ファランクスに大きな改革をもたらしました。彼は、重装備だった甲冑を比較的軽装にし、盾を小型化しました。また、槍を両手で扱う長槍に変え、リーチを伸ばしました。この改革は、後のマケドニア式ファランクスに大きな影響を与えました。

マケドニア式ファランクス

古代マケドニア軍は、従来のファランクスを改良し、6メートルの長槍（サリッサ）を持った歩兵による16列×16列の集団（シンクタグマ）を形成しました。マケドニア式ファランクスの歩兵は軽装の鎧と小型の盾を装備し、両手で長槍を扱いました。

ピリッポス2世は、テーバイでの人質生活で得た知識をもとにマケドニア式ファランクスを創始しました。カイロネイアの戦いでは、本隊の右側に近衛歩兵、左側に軽装歩兵を配置し、右翼には騎兵、前衛には弓兵と軽騎兵を配置しました。この戦術は、敵の片翼で防御しながら、もう片方の翼で敵戦列を破壊する「鉄床戦術」と呼ばれました。

マケドニア式ファランクスは、ピリッポス2世とアレクサンドロス3世によってギリシア、そしてペルシアを征服する原動力となりました。アレクサンドロスの後継者たち（ディアドコイ）もこの戦術を受け継ぎましたが、機動性の低下や騎兵の不足により、ローマ軍団に敗れることになります。

ファランクスの語源とその後

ファランクスという言葉は、元々は指の骨を意味していました。これは、盾の壁から突き出す無数の槍を指に見立てたものと考えられます。ファランクスという言葉はラテン語にも取り入れられ、古代ローマ周辺の戦争でも用いられましたが、その意味は単なる密集隊形程度に過ぎませんでした。また、phalanxは「束ねた木の棒」や「ローラ」を意味するようにも変化しました。

まとめ

ファランクスは、古代における最も重要な歩兵戦術の一つです。密集隊形による圧倒的な攻撃力は、古代の戦場において決定的な役割を果たしました。その変遷と進化は、古代の軍事史を理解する上で欠かせない要素と言えるでしょう。

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