セッラシアの戦い

セッラシアの戦いは、紀元前222年に起こったクレオメネス戦争における重要な会戦です。スパルタ王クレオメネス3世が率いるスパルタ軍と、アンティゴノス朝マケドニア王アンティゴノス3世およびアカイア同盟による連合軍が激突しました。

戦いの背景

スパルタのクレオメネス3世は、かつてのスパルタがペロポネソス半島で有していた影響力を取り戻すことを目標に掲げ、国内の制度改革を推進しました。これと並行して、当時ペロポネソス半島で勢力を拡大していたアカイア同盟に対し、紀元前229年に軍事行動を開始しました。当初、クレオメネスは多くの勝利を収め、アカイア同盟の指導的な立場さえ脅かす勢いを見せました。しかし、アカイア同盟の指導者アラトスは、この危機を脱するためにマケドニア王アンティゴノス3世に助けを求め、ペロポネソスへの介入を促しました。大軍を率いてペロポネソスに進出したアンティゴノスはアカイア同盟を支援して反攻に転じました。クレオメネスは抵抗を続けましたが、コリントスやアルゴスといった要地を次々と失い、その支配地域はスパルタのあるラコニア地方のみに縮小しました。

紀元前222年の夏、アンティゴノス率いる連合軍はラコニアへの進撃を開始しました。古代の歴史家ポリュビオスによれば、アンティゴノス軍はマケドニアの重装歩兵と軽装歩兵、騎兵に加え、アグリアネス人、ガリア人、多様な傭兵部隊からなる大軍でした。また、アカイア同盟軍、マケドニア式の装備を持つメガロポリス軍、ボイオティア軍、エピロス軍、イリュリア人部隊など、様々な地域の兵力が合流しており、その総兵力は歩兵約28,000人、騎兵約1,200騎に及びました。

これに対し、クレオメネスが迎え撃つスパルタ軍は約20,000人でしたが、騎兵も少数ながら存在したようです。アンティゴノス軍の多様な兵科編成とは対照的に、スパルタ軍は重装歩兵が主体でした。クレオメネスは敵の進軍路となりうる道路に守備隊を配置し、バリケードを築かせました。そして、自らは主力を率いてスパルタから北へ約12キロメートルのセッラシアに布陣しました。セッラシアの街道は、エウアス（東）とオリュンポス（西）という二つの丘に挟まれた地形であり、クレオメネスはそれぞれの丘の前面に壕と防柵を築いて防御を固めました。エウアス丘にはペリオイコイと同盟軍を弟のエウクレイダス王の指揮下に配置し、オリュンポス丘には自らがスパルタ兵と傭兵部隊を率いて陣取りました。さらに、街道近くの川沿いの平地には一部の傭兵と騎兵を配置しました。

会戦の経過

クレオメネスの予想通り、アンティゴノス軍はセッラシアに姿を現しました。アンティゴノスはスパルタ軍の堅固な布陣を見て、ゴルギュロス川を挟んで自軍を布陣させ、しばらくは小競り合いが続きました。しかし、クレオメネスはエジプトからの財政支援が途絶え、財力が枯渇し始めており、一方のアンティゴノスもマケドニア本国へ別のイリュリア人が侵入したため、双方ともに早期に決着をつける会戦を望むようになりました。

アンティゴノスはエウアス丘のスパルタ軍に対して、青銅楯隊とイリュリア兵を配置し、その後方にアカルナニア兵やエピロス兵、予備としてアカイア軍の一部を置きました。オイヌス川畔の平地には騎兵を対峙させ、その隣にアカイアとメガロポリスの部隊を配置しました。オリュンポス丘のクレオメネス率いる主力に対しては、アンティゴノス自身が指揮するマケドニア軍と傭兵部隊が当たりました。特にマケドニア軍の重装歩兵ファランクスは、狭い地形に合わせて通常より密度の高い32列の陣形をとりました。

戦闘が開始される前、アンティゴノスはイリュリア兵とアカルナニア兵に密かに迂回してエウアス丘のスパルタ軍側面に回り込むよう命じました。高所から敵陣を見下ろしていたクレオメネスは、これらの部隊が敵の戦列にいないことに疑問を抱き、部下のダモテレスに敵の後方と側面の偵察を命じましたが、アンティゴスによって買収されていたダモテレスは偵察を行わず、何も異常はないと報告しました。

戦端が開かれると、命令を受けたイリュリア兵がエウアス丘へ突撃しました。これに対し、スパルタ軍の軽装歩兵傭兵部隊が、騎兵の配置されていた場所から迂回してイリュリア兵の背後を突こうとしました。この時、メガロポリス隊の士官フィロポイメンは、上官に味方の危機を訴えましたが聞き入れられず、自ら配下の兵を率いてスパルタ傭兵に攻撃を仕掛け、これを押し戻しました。このフィロポイメンの行動が契機となり、マケドニア・アカイア同盟軍のエウアス丘方面部隊全体が反撃を開始しました。エウアス丘を登ってくる敵を見たエウクレイダスは、丘の頂上付近で迎え撃つ陣形をとりました。ポリュビオスはこの判断を批判しており、もしエウクレイダスが丘を少し下って敵を誘い出し、陣形を崩した後に再び高所に戻って戦っていれば、地の利を活かせたであろうと述べています。しかし、エウクレイダスは逆に敵を迎え撃つ形となり、後退の余地もない位置で戦ったため、やがて敵に包囲されて壊滅的な打撃を受けました。

一方、オリュンポス丘では、クレオメネス率いるスパルタ主力部隊がアンティゴノス軍を約900メートル後退させる奮戦を見せ、追撃をかけていました。しかし、エウアス丘でのエウクレイダス隊の壊滅を知り、彼らを破った敵が側面から迫る危機を察知したため、クレオメネスはやむなく撤退を余儀なくされました。

ただし、オリュンポス丘での戦闘経過については、ポリュビオスはプルタルコスと異なる説明をしています。ポリュビオスによれば、オリュンポス丘では当初、軽装歩兵と傭兵同士の小競り合いがあり、エウクレイダスの敗北を知ったクレオメネスが温存していた重装歩兵部隊を投入した結果、両軍の重装歩兵が激突したとしています。この白兵戦は一進一退でしたが、最終的にはマケドニア軍の戦列の厚さに押し負け、スパルタ軍が敗走したと記しています。クレオメネス自身は、僅かな騎兵に守られながらスパルタへと逃れました。

この戦いはスパルタ軍にとって決定的な敗北となりました。多数の傭兵が犠牲となっただけでなく、参戦した約6,000人のスパルタ兵のうち、実に5,800人が戦死したと伝えられており、その人的損失は極めて甚大でした。

戦いの結果

セッラシアでの壊滅的な敗北の後、スパルタ市にたどり着いたクレオメネスは、市民に抵抗せずアンティゴノスに市を明け渡すよう指示しました。その後、自らはギュテイオンの港へ向かい、再起を図るべくエジプトへと亡命しました。

スパルタ市を占領したアンティゴノスは、市民に対し寛大な処置をとり、略奪や乱暴な行為は一切行いませんでした。しかし、クレオメネスが断行した改革についてはすべて白紙に戻しました。スパルタに三日間滞在した後、マケドニア本国でのイリュリア人侵入という事態に対応するため、アンティゴノスは速やかに帰国しました。

セッラシアの戦いは、クレオメネスのスパルタ再興とペロポネソスでの覇権確立の試みを終焉させ、マケドニアが再びギリシャ本土における主導権を握る契機となりました。スパルタは、この大敗により兵力を大きく消耗し、その後の歴史においてかつてのような軍事力を回復することはできませんでした。

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