グルコン酸

概要

グルコン酸（gluconic acid）は、ブドウ糖（D-グルコース）の分子構造において、1位の炭素が酸化されることによって生成するカルボン酸の一種です。化学式はC6H12O7で表されます。この化合物は光学活性を持つ物質であり、自然界には主にD体が存在しています。IUPAC組織名では、その立体構造を反映して(2R,3S,4R,5R)-2,3,4,5,6-ペンタヒドロキシヘキサン酸と呼ばれます。水に溶かすと、容易にプロトンを放出してグルコン酸イオン（C6H11O7−）となります。グルコン酸は、糖アルコールであるアルジトールを酸化することで得られる一連の化合物であるアルドン酸の一つに分類されます。

構造と性質

グルコン酸の分子は、6個の炭素原子が連なった骨格を持ち、その一方の末端にはカルボキシル基（-COOH）が位置しています。また、2番目から6番目までの各炭素原子には、それぞれ1つずつ、合計5つのヒドロキシ基（-OH）が結合しています。末端のカルボキシル基は酸性を示し、水溶液中では水素イオン（プロトン、H+）を放出しやすく、その結果として負電荷を持つアニオン（グルコン酸イオン）を形成します。

グルコン酸には、水溶液中で特定の条件下において分子内での反応が起こるという特徴があります。特に、酸性の溶液中や、遊離酸として単離しようとすると、分子内で水が脱離し、環状のエステルであるグルコノデルタラクトン（D-(+)-グルコン酸-δ-ラクトン）という化合物に変化しやすい性質を持ちます。水溶液中では、グルコン酸とこのグルコノデルタラクトンが平衡状態にあり、互いに行き来しています。そのため、グルコン酸を純粋な形で安定して得るには、酸としての形ではなく、ナトリウム塩やカルシウム塩などの塩の形で存在させる必要があります。

さらに、グルコン酸は強力なキレート剤として知られています。これは、分子内の複数の酸素原子が金属イオンと結合し、安定な環状構造（キレート環）を形成する能力に優れているためです。特にアルカリ性の溶液中では、そのキレート作用が顕著に現れます。カルシウムイオン、鉄イオン、アルミニウムイオン、銅イオンをはじめとする様々な重金属イオンと強固に結合し、溶液中でのこれらのイオンの働きを抑制したり、沈殿を防いだりすることができます。

存在と製法

天然において、グルコン酸は様々な場所に少量ながら存在しています。例えば、蜂蜜やワイン、酢といった食品や、一部の植物、果物などに見られます。また、紅茶きのこ（コンブチャ）や清涼飲料水のビオナーデのような発酵食品の中にも含まれています。

グルコン酸を人工的に製造する方法としては、化学的な手法と生物学的な手法があります。化学的には、D-グルコースを比較的穏やかな条件の下で酸化することで得られます。具体的には、臭素水や、ヨウ素のアルカリ溶液などを用いた酸化反応が行われます。工業的に主流なのは生物学的な製法、すなわち微生物による発酵法です。特定の種類のカビ、特にAspergillus Niger（ニホンコウジカビの一種）などの微生物は、D-グルコースを効率的にグルコン酸へと酸化する能力を持っています。この反応を触媒する酵素はグルコースオキシダーゼと呼ばれています。微生物による発酵法は、1929年にホラース・ヘリックによって工業的な製造法として確立され、現在に至るまで広く利用されています。

多様な用途

グルコン酸とその塩は、その化学的性質、特にキレート作用や穏やかな酸性を示す性質を活かして、様々な分野で利用されています。弱い酸として、工業分野では金属塩の沈殿を除去する目的や、金属表面の洗浄剤として用いられます。

食品分野

食品添加物としても幅広く利用されています。pH調整剤として使用される場合（E574として登録）、食品の酸度を調整し、品質保持や風味向上に貢献します。また、グルコン酸カルシウムは安定剤（E578）として、豆腐の凝固剤や食品の物性安定に用いられます。カルシウムの補給を目的とした食品には、吸収率の良い乳酸グルコン酸カルシウム（グルコン酸と乳酸の複塩）がカルシウム剤として利用されることがあります。さらに、グルコン酸鉄は、特定の食品、例えば缶詰のオリーブを黒く発色させるための着色料（E579）として使われています。グルコン酸が環状化した形態であるグルコノデルタラクトンもまた、食品添加物（E575）として、豆腐の凝固剤やベーキングパウダーなどに利用されています。

医療分野

医療分野においてもグルコン酸塩は重要な役割を果たしています。特に、体内で不足しがちな金属イオンを補給する目的で利用されます。グルコン酸鉄は鉄欠乏性貧血の治療薬として経口または注射で投与されます。グルコン酸亜鉛なども同様に用いられます。グルコン酸塩は他の形態の塩に比べて消化管からの吸収が比較的良いという性質があります。さらに、一度体内に取り込まれたグルコン酸イオンは、他の金属イオンを捕捉し、それらの吸収を助ける働きも持つことが知られています。この吸収促進作用は皮膚からの吸収においても同様に認められます。

そのキレート作用は、有害物質の無毒化にも応用されています。例えば、工業分野などで発生するフッ化水素による薬傷は非常に危険ですが、この治療にはグルコン酸カルシウムの軟膏が有効です。フッ化水素によって生じた溶解性のフッ化物イオンは、グルコン酸カルシウムから供給されたカルシウムイオンと強固に結合し、水に溶けにくい安定なフッ化カルシウムを形成します。これにより、組織へのフッ化物イオンの有害な作用を無毒化・抑制することができます。その他の医療用途としては、グルコン酸と抗マラリア薬であるキニーネとの塩が、マラリア治療薬として筋肉注射の形で用いられることがあります。また、獣医学分野では、グルコン酸亜鉛が雄イヌの化学的去勢剤として使用された例もあります。

これらの多様な用途は、グルコン酸の独特な化学構造と性質、特に穏やかな酸性、水溶性、そして強力なキレート作用に基づいています。

参考文献・外部リンク

国立健康・栄養研究所 - 素材情報データベース＜有効性情報＞グルコン酸
 国立医薬品食品衛生研究所 - 国際化学物質安全性カードグルコン酸
* 日本食品化学研究振興財団 - 添加物使用基準リスト

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