ケルボガ

ケルボガは、11世紀末にモースル（現在のイラク北部）を拠点としたアタベク（領主）であり、その名は歴史に刻まれています。彼は、第1回十字軍との戦いで重要な役割を果たしたテュルク系の武将でした。

生涯

ケルボガは、元々は奴隷の身分からマムルーク（軍人奴隷）として頭角を現し、その軍事的な才能によって地位を築き上げました。彼はシリア・セルジューク朝の創始者であるトゥトゥシュに殺害されたアーク・スンクルの遺児、ザンギー（後のイマードゥッディーン・ザンギー）を預かり、養育しました。ザンギーは後に、イスラム世界で重要な役割を果たすことになります。

1098年5月、ケルボガはアンティオキア（現在のトルコ南部）が西洋人の大軍に包囲されているとの知らせを受け、救援のためモースルから出陣しました。彼の軍勢は約3万人に及んだとされています。しかし、彼は途中でエデッサ（現在のトルコ南東部、ウルファ）を占拠した西洋人の勢力（エデッサ伯国）を攻撃するなど、道中で時間を費やしてしまいました。そのため、6月5日から9日頃にアンティオキアに到着したときには、すでにアンティオキアは十字軍によって陥落していました。十字軍は、ケルボガ軍の接近を知ると、城内の衛兵を買収して都市に侵入し、6月3日にはアンティオキアを制圧していたのです。

アンティオキアを占領した十字軍は、ケルボガ軍に包囲される立場となりました。城内に閉じ込められ、補給路を断たれた状況で、十字軍は苦境に立たされました。この包囲戦中に、隠者ピエールという人物が十字軍の諸侯の使者としてケルボガの陣営に現れ、両軍の代表者による決闘で決着をつけることを提案しました。しかし、ケルボガは自身の優位を確信していたためか、この提案を拒否しました。

一方、包囲されたアンティオキア城内では、修道士ペトルス・バルトロメオが苦行の末に聖槍を発見したと主張し、これが十字軍の士気を大いに高めました。また、ケルボガの軍内部では、シリア・セルジューク朝の王子ら諸侯の間で、ケルボガがシリア地方に対して影響力を行使することへの警戒感が強まっており、意見の対立や内紛が生じていました。こうした状況の中、十字軍側の指導者の一人であるボエモンは、6月28日に城外への決死の突撃を決定しました。

それまで、十字軍が弱体化し、分裂しているという情報しか受けていなかったケルボガは、士気の高い十字軍の突撃に驚愕しました。彼の軍はすでに内部分裂を起こしており、統制が取れていませんでした。十字軍が城外へ出ると、シリアの諸侯たちは次々と戦線を離脱し、逃走を始めました。ケルボガ自身も撤退を余儀なくされ、十字軍の追撃を受けながらモースルへと敗走しました。

ケルボガのアンティオキア攻囲戦での敗北は、十字軍の勝利を決定づける要因の一つとなりました。この戦いを通して、彼の戦略やリーダーシップには、いくつかの問題点が浮き彫りになりました。例えば、遠征の途中でエデッサを攻撃したことや、十字軍内部の情報を十分に把握していなかったこと、また、自身の軍隊の統制を保てなかったことなどが挙げられます。

ケルボガは、その後の歴史の中で、十字軍との戦いにおける重要な人物として、また、中東の権力闘争の中で重要な役割を果たした人物として語り継がれています。

関連項目

シリア・セルジューク朝
アンティオキア攻囲戦

参考文献

* Amin Maalouf, The Crusades through Arab Eyes.Schocken, 1989, ISBN 0-8052-0898-4（『アラブが見た十字軍』 アミン・マアルーフ、ちくま学芸文庫、ISBN 4-480-08615-3）

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