ゲオルギー・カトゥアール
ゲオルギー・リヴォヴィチ・カトゥアール（Georgy L'vovich Katuar）は、1861年4月27日にモスクワで生まれ、1926年5月21日に同地で亡くなったフランス系ロシア人のピアニストであり作曲家です。フランス語名ではジョルジュ・カトワール（Georges Catoire）とも呼ばれます。彼はモスクワ大学で数学を専攻し、1884年に優秀な成績で卒業しましたが、一時家業に就いた後、最終的に音楽の道に進みました。
音楽家としての研鑽は、ベルリンでワグナー派のピアニスト、カール・クリントヴォルトに師事したことから始まりました。クリントヴォルトの影響で、カトゥアール自身もリヒャルト・ワーグナーへの傾倒を深め、1879年にはワーグナー協会の一員となります。しかし、当時のロシア音楽界にはワーグナーに批判的な空気があったため、ワーグナーへの忠誠を隠さなかったカトゥアールは、その才能に見合う正当な評価を得にくい立場に置かれました。特に、リムスキー＝コルサコフとその周辺からは、彼の作品がほとんど注目されませんでした。
カトゥアールのピアノ・ソナタや性格的小品、いくつかの編曲は、クリントヴォルトの指導の成果と言えます。中でも有名なピアノ編曲は、ピョートル・チャイコフスキーの《管弦楽組曲第1番》より「序奏とフーガ」のトランスクリプションであり、これはチャイコフスキー本人からのお墨付きを得て、ユルゲンソン社から出版されました。
クリントヴォルトの門下生であるヴィルボルクからも学んだものの、指導に満足できず、カトゥアールは1885年後半に再びベルリンのクリントヴォルトのもとへ戻りました。1886年にはモスクワに何度か足を運び、この時期にチャイコフスキーと出会っています。カトゥアールのピアノ変奏曲集に深く感銘を受けたチャイコフスキーは、若いカトゥアールに作曲を続けることの重要性を説き、もしやめれば「大罪」にあたるとまで語ったと伝えられています。この頃、楽譜出版社ユルゲンソンを紹介されたのもチャイコフスキーによるものでした。1886年以降もカトゥアールはクリントヴォルトにピアノを師事し続けましたが、並行してオットー・ティルシュに楽理と作曲を学び始めます。ティルシュの指導法に不満を感じたカトゥアールは、フィリップ・ルーファーに師事先を変えます。ルーファーからの指導は短期間でしたが、その成果は《弦楽四重奏曲》作品1に見られます。
1887年にモスクワへ戻ったカトゥアールは、クリントヴォルトの推薦があったにもかかわらず、演奏会ピアニストとしてデビューすることは辞退しました。チャイコフスキーと再会し、さらにグーベルトやセルゲイ・タネーエフにもベルリン時代の弦楽四重奏曲を見てもらう機会を得ます。三者ともに作品の面白さは認めつつも、テクスチュアに課題があることを指摘しました。チャイコフスキーからの推薦状を得てサンクトペテルブルクへ向かい、ニコライ・リムスキー＝コルサコフに作曲と楽理を師事できるよう計らってもらいます。チャイコフスキーはリムスキー＝コルサコフへの手紙で、カトゥアールは「非常に才能に恵まれている」が「真剣な勉強が足りない」と述べています。
リムスキー＝コルサコフは、一度きりの指導の後、カトゥアールをアナトーリ・リャードフのもとに委ねました。リャードフの指導によって、カトゥアールは対位法や楽式論への理解を深め、作品2のピアノ曲や、魅力的な「奇想曲」作品3などの小品を生み出しました。モスクワに戻ってからは、アントン・アレンスキーと親交を結び、この時期に《弦楽四重奏曲第2番》（後に弦楽五重奏曲に改作）やカンタータ《ルサルカ》作品5を作曲しています。
家族や友人、同業者からの創作活動に対する支援が得られず、カトゥアールは1899年以降、深い絶望を経験しました。その結果、彼は一時的に作曲活動から離れ、田舎に隠遁します。約2年間の隠遁生活を経て、音楽界の友人たちとの交流は疎遠になっていましたが、この時期の成果として《交響曲》作品7が生まれました（この作品は、当初は六重奏曲として着想されたものでした）。
1919年からはモスクワ音楽院作曲科の教授に選ばれ、晩年は教育者としても活動しました。在任中に楽理や作曲に関する論文も著しています。彼の教えを受けた高弟には、ニコライ・ミャスコフスキーやドミトリー・カバレフスキーといった著名な作曲家がいます。
現在も広く知られているとは言えないカトゥアールですが、彼の作品は再評価の動きが見られます。ピアノ曲はアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル、ヴァイオリン・ソナタはダヴィッド・オイストラフといった名演奏家によって録音されています。近年では、マルカンドレ・アムランが積極的に彼のピアノ曲を取り上げ、再評価を進めています。カトゥアールの作風は、チャイコフスキーや、初期のショパン風のスクリャービンと共通する抒情性を持ちつつ、ガブリエル・フォーレを想起させるような洗練された響きも特徴です。また、ヴィルトゥオーゾのピアニストであった自身の経験から、その作品は高度な技巧と音色に対する鋭い感覚を演奏家に要求します。
彼の甥であるジャン・カトワールは作家であり音楽家です。
主要作品
管弦楽曲
交響曲 作品7
ピアノ協奏曲 作品21
室内楽曲
ピアノ三重奏曲ヘ短調 作品14
ヴァイオリン・ソナタ第1番 作品15
ピアノ五重奏曲 ハ短調 作品16
ヴァイオリン・ソナタ第2番「詩曲」 作品20
弦楽四重奏曲 作品23
ヴァイオリンとピアノのための「エレジー」 作品26
ピアノ四重奏曲 イ短調 作品31
ピアノ曲
3つの小品 作品2
奇想曲 ホ長調 作品3
6つの小品 作品6
練習曲「幻影」作品8
5つの小品 作品10
4つの小品 作品12
4つの小品 作品17
黄昏の唄 作品24
ワルツ 作品30
4つの小品 作品34
テンペスト 作品35
練習曲 (作品番号なし)
演奏会用編曲：バッハの《パッサカリアとフーガ ハ短調》BWV 582
声楽曲
リート 作品1
カンタータ《ルサルカ》（独唱、女声合唱、管弦楽のための） 作品5
アプーフチン歌曲集 作品9
リート集 作品11
チューチェフ歌曲集 作品19
チューチェフ歌曲集 作品29
歌曲集 作品32
ソロヴィヨフ歌曲集 作品33
音楽家としての研鑽は、ベルリンでワグナー派のピアニスト、カール・クリントヴォルトに師事したことから始まりました。クリントヴォルトの影響で、カトゥアール自身もリヒャルト・ワーグナーへの傾倒を深め、1879年にはワーグナー協会の一員となります。しかし、当時のロシア音楽界にはワーグナーに批判的な空気があったため、ワーグナーへの忠誠を隠さなかったカトゥアールは、その才能に見合う正当な評価を得にくい立場に置かれました。特に、リムスキー＝コルサコフとその周辺からは、彼の作品がほとんど注目されませんでした。
カトゥアールのピアノ・ソナタや性格的小品、いくつかの編曲は、クリントヴォルトの指導の成果と言えます。中でも有名なピアノ編曲は、ピョートル・チャイコフスキーの《管弦楽組曲第1番》より「序奏とフーガ」のトランスクリプションであり、これはチャイコフスキー本人からのお墨付きを得て、ユルゲンソン社から出版されました。
クリントヴォルトの門下生であるヴィルボルクからも学んだものの、指導に満足できず、カトゥアールは1885年後半に再びベルリンのクリントヴォルトのもとへ戻りました。1886年にはモスクワに何度か足を運び、この時期にチャイコフスキーと出会っています。カトゥアールのピアノ変奏曲集に深く感銘を受けたチャイコフスキーは、若いカトゥアールに作曲を続けることの重要性を説き、もしやめれば「大罪」にあたるとまで語ったと伝えられています。この頃、楽譜出版社ユルゲンソンを紹介されたのもチャイコフスキーによるものでした。1886年以降もカトゥアールはクリントヴォルトにピアノを師事し続けましたが、並行してオットー・ティルシュに楽理と作曲を学び始めます。ティルシュの指導法に不満を感じたカトゥアールは、フィリップ・ルーファーに師事先を変えます。ルーファーからの指導は短期間でしたが、その成果は《弦楽四重奏曲》作品1に見られます。
1887年にモスクワへ戻ったカトゥアールは、クリントヴォルトの推薦があったにもかかわらず、演奏会ピアニストとしてデビューすることは辞退しました。チャイコフスキーと再会し、さらにグーベルトやセルゲイ・タネーエフにもベルリン時代の弦楽四重奏曲を見てもらう機会を得ます。三者ともに作品の面白さは認めつつも、テクスチュアに課題があることを指摘しました。チャイコフスキーからの推薦状を得てサンクトペテルブルクへ向かい、ニコライ・リムスキー＝コルサコフに作曲と楽理を師事できるよう計らってもらいます。チャイコフスキーはリムスキー＝コルサコフへの手紙で、カトゥアールは「非常に才能に恵まれている」が「真剣な勉強が足りない」と述べています。
リムスキー＝コルサコフは、一度きりの指導の後、カトゥアールをアナトーリ・リャードフのもとに委ねました。リャードフの指導によって、カトゥアールは対位法や楽式論への理解を深め、作品2のピアノ曲や、魅力的な「奇想曲」作品3などの小品を生み出しました。モスクワに戻ってからは、アントン・アレンスキーと親交を結び、この時期に《弦楽四重奏曲第2番》（後に弦楽五重奏曲に改作）やカンタータ《ルサルカ》作品5を作曲しています。
家族や友人、同業者からの創作活動に対する支援が得られず、カトゥアールは1899年以降、深い絶望を経験しました。その結果、彼は一時的に作曲活動から離れ、田舎に隠遁します。約2年間の隠遁生活を経て、音楽界の友人たちとの交流は疎遠になっていましたが、この時期の成果として《交響曲》作品7が生まれました（この作品は、当初は六重奏曲として着想されたものでした）。
1919年からはモスクワ音楽院作曲科の教授に選ばれ、晩年は教育者としても活動しました。在任中に楽理や作曲に関する論文も著しています。彼の教えを受けた高弟には、ニコライ・ミャスコフスキーやドミトリー・カバレフスキーといった著名な作曲家がいます。
現在も広く知られているとは言えないカトゥアールですが、彼の作品は再評価の動きが見られます。ピアノ曲はアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル、ヴァイオリン・ソナタはダヴィッド・オイストラフといった名演奏家によって録音されています。近年では、マルカンドレ・アムランが積極的に彼のピアノ曲を取り上げ、再評価を進めています。カトゥアールの作風は、チャイコフスキーや、初期のショパン風のスクリャービンと共通する抒情性を持ちつつ、ガブリエル・フォーレを想起させるような洗練された響きも特徴です。また、ヴィルトゥオーゾのピアニストであった自身の経験から、その作品は高度な技巧と音色に対する鋭い感覚を演奏家に要求します。
彼の甥であるジャン・カトワールは作家であり音楽家です。
主要作品
管弦楽曲
交響曲 作品7
ピアノ協奏曲 作品21
室内楽曲
ピアノ三重奏曲ヘ短調 作品14
ヴァイオリン・ソナタ第1番 作品15
ピアノ五重奏曲 ハ短調 作品16
ヴァイオリン・ソナタ第2番「詩曲」 作品20
弦楽四重奏曲 作品23
ヴァイオリンとピアノのための「エレジー」 作品26
ピアノ四重奏曲 イ短調 作品31
ピアノ曲
3つの小品 作品2
奇想曲 ホ長調 作品3
6つの小品 作品6
練習曲「幻影」作品8
5つの小品 作品10
4つの小品 作品12
4つの小品 作品17
黄昏の唄 作品24
ワルツ 作品30
4つの小品 作品34
テンペスト 作品35
練習曲 (作品番号なし)
演奏会用編曲：バッハの《パッサカリアとフーガ ハ短調》BWV 582
声楽曲
リート 作品1
カンタータ《ルサルカ》（独唱、女声合唱、管弦楽のための） 作品5
アプーフチン歌曲集 作品9
リート集 作品11
チューチェフ歌曲集 作品19
チューチェフ歌曲集 作品29
歌曲集 作品32
ソロヴィヨフ歌曲集 作品33
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