ゲニウス

ゲニウスとは：古代ローマの守護神・守護霊

ゲニウス（羅: genius, 英: genius）は、古代ローマにおいて、人々に天才や天賦の才を授ける守護神・守護霊を指す言葉です。複数形は genii となります。英語では「ジニアス」と発音され、物語や文学において、古代ローマ由来の「神」や「霊」的な意味合いが受け継がれています。

ゲニウスの概念

ゲニウスは、擬人化された創造性とも言えます。古代ローマ人の信仰では、ゲニウスは一般的に守護霊、または善意の霊とされ、悪霊は malus genius と呼ばれていました。ゲニウスとは、個人、場所、事物にあまねく現臨する普遍的な神性を個別化したもので、万象に宿る非人格的な神的力を人格化・神格化したものと解釈できます。

宗教的背景

古典古代の多神教は、地中海地域でアルファベットが使われるようになってからキリスト教が隆盛するまでの間、ギリシア・ローマ圏の人々の宗教でした。これらの宗教はあらゆるものに宿る普遍的な神性を奉じていました。神学者パウル・ティリッヒは、多神教を単に複数の神を信仰するものではなく、「統一的かつ超越的な至高者の欠如」によって区別されると指摘しました。彼の言う「普遍的類型」においては、場所や国土の神性のような特別な神的存在は、森羅万象の背後に隠されている普遍的な聖なる力の具現化であるとされます。

ガース・ファウデンは、キリスト教徒とキリスト教から除外されるべき「異教徒」という言葉に対抗し、「ケンブリッジ古代史」で偏見の少ない多神教という言葉を採用しました。ファウデンによれば、いかなる神格も至高性と全能性を主張しえますが、それは他の環境において同じように至高とみなされうる他の神々と同化することによってなされるとされます。彼はこの見方をシンクレティズム（諸教混淆・習合）と呼びました。

神性は単数形では deus または divinitas ですが、特定の力に細分化された場合は複数形で dei となります。そのような個々の力をラテン語でゲニウスと呼び、ギリシアのダイモーンと同一視されました。神性はその力を示すことで知ることができ、古代人にとって、何らかの現象を引き起こす力は全て神性の証とされました。神性はその力の現れ方によって区別され、海の神はネプトゥーヌス、火の神はウゥルカーヌスと呼ばれました。名前のついた神話内の神々は、全て何らかのゲニウスだったのです。さらに、個々の人間が持つ理性的な力と能力はその魂に起因するものとされ、それもゲニウスとされました。個々の場所にもゲニウス（ゲニウス・ロキ）があり、火山などの力の溢れるものがあるとされました。この概念は拡張され、劇場のゲニウス、ブドウ畑のゲニウス、祭りのゲニウスといったものが考案されました。これらのゲニウスはそれぞれ上演の成功、ブドウの実り、祭りの成功を司るとされました。古代ローマ人にとって、何か大きなことを成し遂げようとする際には、対応するゲニウスをなだめることが非常に重要だったのです。

個々のゲニウス

どんなものでも神性があるとされればゲニウスという言葉を使いましたが、より高位のゲニウスにはそれぞれ独自の名前が付けられていました。ゲニウスは、一般に知られていない個々の場所や人によく使われました。社会の最小単位である家族やその家には、家、扉、門、通り、地区、氏族などにそれぞれのゲニウスがあるとされました。ローマの神々の階層はギリシア神話にならい、人間の家族をモデルとしていました。父であるユーピテルは家父長制社会と同様に最高神とされ、母であるユーノーは神の女王とされました。この最高の神々の統一体が個々の家庭のゲニウスに細分化されたのです。個々の女性のゲニウスは女性の子を産む能力を表し、ユーノーに呼応し、男性のゲニウスはユーピテルに呼応していました。

ユーノーは次のような様々な称号を伴って崇拝されました。

Iugalis - 結婚
Matronalis - 既婚女性
Pronuba - 花嫁
Virginalis - 純潔

ゲニウスは守護霊とされることも多く、守護してもらうためにそれをなだめる必要があるとされました。例えば、乳幼児を守護してもらうために Cuba（眠らせるゲニウス）、Cunina（ゆりかごのゲニウス）、Rumina（授乳のゲニウス）の機嫌をとる必要がありました。これらのゲニウスがへそを曲げて役目を果たさないと、その乳幼児は危険にさらされると考えられていました。

家庭内の祭壇であるララリウムは、ポンペイの数百の家で見つかっており、主に煙を外に逃がす開口部が天井にあるアトリウムの周辺にありました。ララリウムには常に同じ主題のフレスコ画があり、左右にラレースが描かれ、中央にその家族のゲニウス（1体または男女2体）が描かれていました。そして、その下にゲニウスに向かって這っている1匹か2匹の蛇が描かれていました。カンパニア州やカラブリア州には、ゲニウスとの関連で、幸運をもたらす蛇を飼う習慣が保持されていました。ララリウムとは別のフレスコ画では、ヴェスヴィオ山の下に草地の蛇が描かれ、アガトダイモーン（よいダイモーン）だと記してありました。ダイモーンはギリシア版ゲニウスとみなされていました。

歴史と変遷

語源学的には、genius と nature は同じ由来を持ち、インド・ヨーロッパ語族の *gen-（産出する）から生まれました。古代ローマ人は、様々な驚異を神性の説明できない不思議に帰して、混同が起きても特にパラドックスを感じませんでした。複数の事象が同じ神性や異なる神性に起因するとされ、個人はそのゲニウスと同じ部分も違う部分もあるとされました。後の守護天使のように全く別個の存在とはされなかったものの、ゲニウス・アウグスティはアウグストゥスと完全に同一視されたわけでもありませんでした。このような見方は特定の文明でのみ生まれたものではなく、その起源は先史時代の闇に失われています。

王政期、共和政期、帝国におけるゲニウス

王政ローマ時代、共和政ローマ時代、そして帝政ローマ時代を通して、ゲニウスの概念は人々の生活に深く根ざしていました。特に帝政期には、皇帝のゲニウス（genius principis）を崇拝することが、皇帝への忠誠を示す行為として重要視されました。各地方の軍団にもこの考え方を拡大して適用し、属州のゲニウスという考え方が生まれました。ゲニウスは軍だけでなく、一般市民の間でも広く信仰され、様々な職業や団体、個人のゲニウスが崇拝されました。

ローマ帝国以降

テオドシウス1世がキリスト教を国教とした後、ゲニウス信仰は公式には衰退しましたが、その概念は天使や精霊など、異なる名前で形を変えながら生き残りました。アラブ世界ではジン（jinnīy）として、また英語では genie として、その影響を見ることができます。

ゲニウスの姿

ゲニウスの姿は、そのゲニウスが表す力や統一体を象徴するものとして描かれることが多く、特定の決まりはありませんでした。カメオや彫像、硬貨、フレスコ画など、様々な媒体で表現され、現代に至るまで、その姿は様々な形で描かれ続けています。

チャールズ・リンドバーグが自身の飛行機を "Spirit of St. Louis" と名付けたことや、チャールズ・ディケンズが『クリスマス・キャロル』で過去・現在・未来の「クリスマスの霊」を登場させたことなども、ゲニウスに近い考え方であると言えるでしょう。

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