ゲール (クレーター)

ゲールクレーター

火星の赤道付近、広大なエリシウム平原の低地縁に位置するゲールクレーターは、直径約154kmの巨大な衝突痕です。およそ35億年から38億年前に形成されたと考えられており、その名は19世紀に火星を観測したアマチュア天文学者、ウォルター・フレデリック・ゲイルにちなんで命名されました。

特徴的な地形：アイオリス山

ゲールクレーターが他の多くのクレーターと一線を画すのは、その中心部にそびえ立つ巨大な山、通称「アイオリス山」（NASAではシャープ山とも呼ばれます）の存在です。この山の高さは、クレーター底から計測して、北側で約5,500メートル、南側でも約4,500メートルに達します。興味深いことに、クレーターの南側外縁部が最も標高が高くなっています。

このアイオリス山は、単一の岩塊ではなく、何十億年もの時間をかけて積み重なった複数の地層から成り立っています。その形成には約20億年を要したと推定されています。このような特異な中央丘の起源については、科学者たちの間で長く議論されてきました。現在有力視されている説の一つは、かつてクレーター全体が堆積物によって完全に埋め尽くされた時期があり、その後に長期間の風化と侵食が進み、比較的侵食に強い堆積層が残された結果、現在のアイオリス山が形成されたというものです。つまり、この山はかつての堆積層の名残である可能性が指摘されています。ただし、この説を含め、その正確な形成過程については、いまだ研究が進められています。

地層の詳細な観測からは、山の上部に風によって運ばれた物質が積み重なってできたことを示唆する斜交層理が見つかっていますが、山のより低い部分の地層については、まだ十分な情報は得られていません。

探査の最前線

ゲールクレーター、特にアイオリス山の側面に露出した地層は、火星の過去の気候や環境を知る上で極めて重要な手がかりを秘めていると考えられています。そのため、このクレーターは、NASAの火星探査計画「マーズ・サイエンス・ラボラトリー（MSL）」における探査車キュリオシティの着陸地点として選ばれました。キュリオシティは、2012年8月6日にアイオリス山の麓にある「イエローナイフ」と呼ばれる地点に軟着陸を果たしました。

着陸後まもなく、キュリオシティはゲールクレーターの地表で、過去に広範囲にわたって水が流れていたことを示す明瞭な痕跡を発見しました。さらに探査が進むにつれて、2014年12月には、NASAがこのクレーターの内部に、かつて数千万年にもわたる期間にわたって液体の水を湛えた湖が存在した可能性が極めて高いと発表しました。アイオリス山の階層的な地形も、長期にわたる水の作用とそれに続く風化・侵食によって形成されたものと考えられています。

ゲールクレーターは、MSL計画以前にも、2003年のマーズ・エクスプロレーション・ローバー計画や、欧州宇宙機関（ESA）のエクソマーズ計画においても、有望な探査候補地の一つとして挙げられていました。キュリオシティによる発見は、この場所が火星の水の歴史、ひいては生命が存在しうる環境が過去に存在したのかどうかを探る上で、いかに重要な地点であるかを証明しています。

周辺には、かつて探査機スピリットやバイキング2号の着陸機が降り立った地点がありますが、ゲールクレーターは地形や地質構造の点で特に科学的関心が高く、現在もキュリオシティによる探査が続けられています。アイオリス山の異なる標高における地層を詳細に調べることで、火星の環境が数十億年の間にどのように変化してきたのか、その壮大な歴史が解き明かされることが期待されています。

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