コジモ・イル・ヴェッキオのメダルを持つ男の肖像

『コジモ・イル・ヴェッキオのメダルを持つ男の肖像』は、イタリア盛期ルネサンスの巨匠サンドロ・ボッティチェッリが1475年頃に制作したテンペラ画です。この作品は、メディチ家の創始者コジモ・イル・ヴェッキオのメダルを手に持つ若い男性を描いていますが、モデルとなった人物は長年謎に包まれています。現在、この絵画はフィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されており、多くの美術愛好家や研究者を魅了し続けています。

作品の詳細

絵画の中央には、鑑賞者を見つめる若い男性が描かれています。彼は両手でメダルを掲げ、そのメダルにはコジモ・デ・メディチの横顔が刻まれています。このメダルは、単なる絵画ではなく、実際には石膏で模倣された「パスティリア」と呼ばれるものです。褐色がかった金色で塗られ、絵画に埋め込まれています。メダルの図柄が反転していないことから、ボッティチェッリはオリジナルの型を入手したか、メダルから鋳造したと考えられています。このメダルは、金細工師・彫刻家のドナテッロがデザインした可能性が高く、1465年に鋳造された「パテル・パトリエとしてのコジモ・デ・メディチ」と呼ばれるものと同一であると考えられています。

初期の目録では、この肖像画はフィリッピーノ・リッピの作品とされていましたが、美術史家ジョヴァンニ・モレッリがボッティチェッリの作品として最初に帰属させました。制作年代については、モデルの男性を誰と解釈するかによって諸説ありますが、おおむね1470年から1477年の間とされています。

モデルを巡る様々な説

この絵画に描かれている若い男性の特定は、美術史上の大きな謎の一つです。様々な説が提唱され、多くの憶測を呼んでいます。

1900年には、美術史家ジョージ・ノーブル・プランケットが、この男性はメディチ家を裏切ったことで汚名を残したピエロであると推測しました。プランケットは、男性の表情やメダルを掲げる態度から、そのように結論づけました。しかし、この説は他の研究者からは支持されていません。

一方、ヤーコプ・ブルクハルト、ヴァルター・フリードレンダー、ジャン・ド・フォヴィルなどの美術史家は、この男性がメダルの制作者、つまりミケロッツォ・ディ・バルトロメオ、ニッコロ・ディ・ジョヴァンニ・フィオレンティーノ、クリストフォロ・ディ・ジェレミアのいずれかである可能性を指摘しました。また、メディチ家の一員であるという説も存在します。

美術史家グイド・コルニーニは、これらの説に加えて、ボッティチェッリの兄弟アントニオ・ボッティチェリである可能性を提唱しました。その根拠として、男性の顔立ちがボッティチェッリの『東方三博士の礼拝』に描かれた画家の自画像に酷似していることを挙げています。また、アントニオもメディチ家の宮廷で働き、メダルの鋳造や鍍金に関わっていたという事実も、この説を補強しています。さらに、男性の視線が鏡を見ているようであることから、自画像である可能性も指摘されています。

さらに、フレデリック・ハートは、この男性がロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチであると示唆しました。ロレンツォの肖像が描かれた2つのメダルが存在し、そのうちの一つは本作のメダルと似ているという点が根拠です。しかし、ロレンツォは、パラティーナ美術館に所蔵されている別のボッティチェッリの肖像画のモデルでもあるという反論も存在します。

1982年にオークションに登場した、ボッティチェッリの『ラウンデルを持つ青年の肖像』との関連性も指摘されています。この作品では、若い男性がコジモではなく聖人のメダリオンを掲げており、本作の男性は彼の兄弟であるロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチではないかと推測されました。ロレンツォは、ボッティチェッリの『プリマヴェーラ』のメルクリウスのモデルとも推定されています。

美術史家ショーン・コノリーは、このモデルがメディチ家の信奉者だった可能性に触れつつ、「このモデルはレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』とほぼ同じくらい神秘的である」と評しました。また、ウフィツィ美術館のグロリア・フォッシは、「ルネサンスで最も謎めいたモデルの1人」と述べています。

来歴

この肖像画は、枢機卿カルロ・デ・メディチのコレクションに最初に記録され、1666年に枢機卿が亡くなった後、ウフィツィ美術館に収蔵されました。1991年には修復作業が行われ、現在の姿に至ります。

このように、『コジモ・イル・ヴェッキオのメダルを持つ男の肖像』は、そのモデルを巡る謎、精緻な描写、そしてルネサンス期のフィレンツェの文化的な背景が複雑に絡み合った魅力的な作品です。

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