サイイド・ムハンマド・アブドゥラー・ハッサン

サイイド・ムハンマド・アブドゥラー・ハッサン：ソマリア独立運動の指導者

サイイド・ムハンマド・アブドゥラー・ハッサン（1856年4月7日 - 1920年12月21日）は、20世紀初頭のソマリアにおいて、イギリス植民地支配からの独立を目指した宗教指導者、政治家です。イギリスからは「狂気のムッラー（Mad Mullah）」と呼ばれ、彼率いる独立運動は20年以上に渡り続き、ソマリアの歴史に大きな足跡を残しました。本稿では、その激動の人生と運動の軌跡を詳細にたどります。

家系と宗教的修行

ムハンマドは、オガデン地方（もしくはソマリア北部キリット）の裕福なソマリ族の家に生まれました。彼の家系はソマリ族の大氏族であるダロッド族の支族に属し、代々宗教的な地位を有していました。曽祖父は宗教指導者であり、祖父も宗教施設を建設して信仰活動を行っていました。ムハンマド自身も幼少期から宗教教育を受け、11歳でクルアーンを暗誦する「ハーフィズ」の称号を得、19歳でシャイフ（宗教指導者）の称号を授かります。

その後、イスラム教の更なる研鑽を積むため、ハラール、モガディシュ、スーダンなどを巡り、様々な師から教えを受けました。1891年に帰郷し結婚、1893年にはメッカへの巡礼（ハッジ）を行い、そこでスーダン出身の神秘主義者モハメッド・サーリフと出会い、「サーリヒーヤの教え」を学びました。この教えは、後のムハンマドの活動に大きな影響を与えます。

布教活動と反乱の勃発

1895年、ムハンマドはソマリアに戻り、ベルベラでサーリヒーヤの教えを広める教団（後のサーリヒーヤ団）を組織し、布教活動を始めました。しかし、彼の教えは一部のソマリ族には受け入れられず、ベルベラでの活動は停滞します。一方、エチオピアのオガデン地方を占領したエチオピア皇帝メネリク二世の行動や、イギリス軍との接触を通して、ムハンマドはイギリスとエチオピアの同盟に危機感を抱くようになります。

特にイギリス軍兵士との銃の取引を巡るトラブルがきっかけとなり、ムハンマドはイギリスとエチオピアを批判的に捉え、イスラム教の危機を訴えるようになります。彼の演説や詩は、キリスト教徒の侵略とイスラム文化の破壊を強く非難し、ソマリアの独立と国内統一を呼びかけるものでした。

ダラーウィーシュ国の成立とイギリスとの戦い

ムハンマドはブルコを拠点に、独立国家「ダラーウィーシュ国」を建国します。ダラーウィーシュとは、イスラム教の修行僧ダルヴィーシュに倣った名称で、厳格な階級制と中央集権体制を敷きました。彼はトルコやスーダンから武器を入手し、ソマリア各地の賛同者を役人に任命し、軍隊を組織しました。

1900年以降、ムハンマドはイギリス軍やエチオピア軍と幾度にも渡り戦闘を繰り広げます。初期はダラーウィーシュ軍が優勢でしたが、イギリスはその後本格的な軍事作戦を開始し、エチオピア、イタリアと協力してダラーウィーシュ国を攻撃しました。戦闘は激しく長期に及び、ダラーウィーシュ国は幾度も危機に瀕しながらも、ムハンマドのカリスマ性とソマリア各部族の協力を得て抵抗を続けました。

ダラーウィーシュ国の拡大と最盛期

ムハンマドはソマリア南部にも勢力を拡大し、ダロッド族の支族であるマレハン族と同盟関係を結びました。ダラーウィーシュ国は1913年頃にはソマリアの大部分を支配下に置くまでに成長し、タレーに石造りの砦や宮殿を建設するなど、国家的基盤を整備しました。

しかし、イギリス軍の反撃も激しさを増し、1914年、イギリスはソマリランドラクダ部隊を創設するなど、本格的な軍事力を投入しました。第一次世界大戦の勃発も状況に影響を与え、ダラーウィーシュ国はオスマン帝国やドイツと協力しながらイギリス軍と戦い続けました。

敗北と死

1920年初頭、イギリス軍による激しい攻撃を受け、ダラーウィーシュ国は衰退の一途を辿ります。ムハンマドはオガデン地方に逃亡しますが、天然痘と牛疫の流行によりダラーウィーシュ軍は壊滅的な被害を受けます。同年12月21日、ムハンマドは病死し、長年にわたるダラーウィーシュ国の反乱は終結しました。

ムハンマドの遺産

サイイド・ムハンマド・アブドゥラー・ハッサンは、ソマリアにおける民族主義と独立運動の重要な先駆者として、現在もソマリアの人々の記憶に深く刻まれています。彼の生涯と運動は、ソマリアの独立と発展の歴史を理解する上で、欠かせない要素となっています。1983年には、彼の生涯を描いたソマリア初の国産映画『気狂いマラー』も制作されています。彼の業績は、後のソマリアの独立運動にも大きな影響を与え続けました。

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