サーサーン朝領エジプト

サーサーン朝領エジプト（619年 - 629年）

サーサーン朝領エジプトとは、619年から629年までの間、サーサーン朝ペルシア帝国の支配下にあった時代のエジプト地域を指します。サーサーン朝のホスロー2世は、東ローマ帝国との間で大規模な戦争（東ローマ・サーサーン戦争）を引き起こし、その過程で将軍シャフルバラーズがエジプトを征服しました。

征服の経緯

619年頃、サーサーン朝軍はエジプトに侵攻し、アレクサンドリアを陥落させました。当時のエジプトの防衛は、戦闘経験の少ない現地民兵が中心であり、サーサーン朝軍は比較的容易に征服を進めることができました。アレクサンドリア陥落後も、サーサーン朝軍は南へと進軍し、621年までにエジプト全土を制圧しました。

歴史資料には、エジプト征服の指揮官について複数の説があります。タバリーの記録では将軍シャーヒーンがエジプトを陥落させたとされていますが、他の資料ではシャフルバラーズが指揮したとされています。現代の歴史家の間では、シャーヒーンは小アジア方面での作戦に従事していたため、シャフルバラーズがエジプト征服を指揮したとする説が有力です。正確な征服時期については、パピルス文書などの一次資料から619年頃と推定されています。

統治体制

シャフルバラーズは一時的にエジプトを統治した後、シャフルアーラーニヨーザーンが総督として任命されました。シャフルアーラーニヨーザーンは「karframan-idar」（宮廷執事）の称号を名乗り、総督として徴税官を兼任し、ファイユームに居住しました。彼は単なる徴税官ではなく、エジプトに駐留する軍の指揮官も兼ねていました。当時の中期ペルシア語文献では、エジプトは「Agiptus」と呼ばれ、「ミスル（Misr）とも呼ばれるAgiptusの土地」と記述されています。ナイル川は「rōd ī nīl」と呼ばれていました。

626年以降の資料では、シャフルアーラーニヨーザーンに関する記述がなくなり、再びシャフルバラーズがエジプトの支配者として登場します。これは、東ローマ・サーサーン戦争の状況が変化し、東ローマ帝国が反撃に転じた時期と重なります。628年にホスロー2世が廃位され、カワード2世が即位すると、東ローマ帝国との和平交渉が始まりました。カワード2世はシャフルバラーズに占領地からの撤退を求めましたが、シャフルバラーズはこれに応じませんでした。その後、東ローマ帝国のヘラクレイオス帝はシャフルバラーズと交渉し、王位簒奪への協力を条件にエジプトからの撤退を実現させました。630年1月までに、エジプトは東ローマ帝国の支配下に戻りました。

統治の影響

サーサーン朝によるエジプト統治は短期間でしたが、社会や文化に一定の影響を与えました。征服当初は暴力的な行為も一部で見られましたが、サーサーン朝は東ローマ帝国時代の統治機構を基本的に維持し、ゾロアスター教への改宗を強制することもありませんでした。むしろ、単性論派のキリスト教会を支援し、ビザンツ教会を迫害することで、コプト教徒の支持を得ようとしました。エジプト各地にはサーサーン朝の駐屯地が設けられ、税の徴収や軍需品の調達が行われました。

興味深いことに、現代のエジプトにもサーサーン朝の影響が見られます。例えば、コプト教の正月の祝祭であるナイルーズは、イランの正月ノウルーズに由来すると考えられています。また、十字架挙栄祭は、イエス・キリストが磔にされた聖十字架がサーサーン朝から奪還され、エルサレムに返還されたことを記念する祝祭です。さらに、エジプトで発展したコプト美術も、サーサーン朝の芸術から影響を受けています。

サーサーン朝領エジプト時代は短いながらも、エジプトの歴史において重要な一章であり、その痕跡は現代にも残っています。

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