ザグウェ朝

ザグウェ朝

ザグウェ朝（ゲエズ語: ዛጔ ሥርወ መንግስት、英語: Zagwe dynasty）は、今日の多様な文化を持つエチオピアの地に、およそ西暦900年頃から1270年まで存続した、重要な歴史上の王国です。約3世紀半にわたり、現在のエチオピア高地やティグレ州を含む広範な領域を支配しました。この王朝の歴史は、後のソロモン朝へと引き継がれるエチオピア国家の基盤形成において、独特な一時期を占めています。

王朝名の「ザグウェ」は、支配階級であったアガウ族に由来するとされます。ゲエズ語の「Ze-Agaw」、すなわち「アガウ族の（王朝）」を意味する言葉から転じたと考えられており、この王朝がアガウ族によって築かれたことを示唆しています。ザグウェ朝の歴代君主の中で、最も広くその名を知られているのはゲブレ・マスケル・ラリベラ王でしょう。彼は、現在のラリベラに壮大な岩窟教会群を建設したことで歴史に名を刻んでいます。これらの教会は、一枚岩を彫り込んで造られた驚異的な建築物であり、現在もエチオピアを代表する世界遺産として多くの人々を魅了しています。

歴史家デイヴィッド・バクストンは、ザグウェ王が直接支配した領域は、「おそらく現在のエチオピアの高地全域とティグレ州に及び、南はワアグ（Waag）やラスタ（Lasta）、ダモット（Damot）、西はタナ湖方面まで広がっていた」と推定しています。また、ザグウェ朝の王位継承に関しては、後のエチオピアの支配者たちに見られる父系継承とは異なり、アガウ族独自の慣習に基づき、兄弟間で行われることが多かったと、歴史家のタディセ・タムラト氏は指摘しています。

歴史

ザグウェ朝の歴史は、960年頃に女王グディトがかつて栄華を誇ったアクスム王国の中心地を破壊し、権力の拠点を南に移したことに始まるとされています。彼女はその後40年間にわたり王国の一部を支配し、その子孫に王位を継承させたと伝えられています。しかし、エチオピアの別の伝承では、グディトの王朝は1137年にマラ・テクレ・ハイマノートによって打倒されたとされています。マラ・テクレ・ハイマノートは、アクスム王国の最後の王ディル＝ニードの娘と結婚し、エチオピアの支配権をアガウ族の手に確立しました。彼がザグウェ朝の初代王であるとする見方もあります。

ザグウェ朝の時代は、多くの謎に包まれており、歴代の王の数や王朝が続いた期間についても、歴史家の間で様々な議論があります。例えば、『パリ年代記』などのいくつかの文献では、約354年間にわたる11人の王の名前を記録していますが、ペドロ・パエスやマヌエル・ド・アルメイダといった著述家たちの記録では、わずか143年間に5人の王しか言及されていません。また、ポール・B・ヘンゼ氏は、16人の王の名を記す文献も存在すると報告しており、情報の混乱が見られます。

イタリアの学者カルロ・コンティ・ロッシーニは、ザグウェ朝の期間はより短かった可能性が高いと主張しています。彼は、1150年頃にアレクサンドリア総主教ヨハネ5世が無名の「エチオピアの支配者」から受け取った書簡に注目しました。この書簡は、高齢を理由にアブナ（主教）の交代を求める内容でしたが、ロッシーニはこれが、新しい王朝を承認しない主教の交代を望んでいたマラ・テクレ・ハイマノートからのものであり、この時期に新しい王朝が成立していた証拠であると論じています。

終焉とその後

ザグウェ朝の謎は、イクノ・アムラクによってソロモン朝が復活し、ザグウェ朝が取って代わられた時期に最も深まります。ザグウェ朝の最後の王の名前は、残念ながら歴史記録から失われています。残された年代記や口承では、彼の名を「ザ＝イルマクヌン」という明らかに仮名である呼び名で伝えています。歴史家のタディセ・タムラト氏はこれを「未知の隠された者」と訳し、その原因が、彼の治世の直後にソロモン朝の王たちによって行われたダムナティオ・メモリアエ（記録抹消）にあると考えています。タディセ・タムラト氏は、この最後の王が実際にはヤットバラクであった可能性を指摘しています。

ザグウェ朝は、自身をアクスム王国の最後の王ディル＝ニードの正統な後継者と称するイクノ・アムラクが、ザグウェ朝最後の王を追放し、ガイントの聖キルコス教会で殺害したことによって終焉を迎えました。これにより、約3世紀半にわたるザグウェ朝の統治は終わりを告げ、エチオピアの歴史はソロモン朝の時代へと移行しました。

しかし、ザグウェ朝の歴史は完全に忘れ去られたわけではありません。後世のエチオピア皇帝の中にも、ザグウェ朝との繋がりを主張する人物が現れます。例えば、19世紀の皇帝ギヨルギス2世（在位1868年 - 1871年）は、自身がザグウェ朝の子孫であると称しました。これは、ザグウェ朝がエチオピアの歴史において無視できない重要な位置を占めていたこと、そしてその系譜が後世まで意識されていたことを示しています。

ザグウェ朝の時代は、アクスム王国衰退後の混乱期を経て、エチオピア中央部における新たな国家形成が進んだ時期であり、特にラリベラに代表されるような独特の文化・芸術が花開いた時代でした。多くの謎を残しつつも、その歴史的遺産は現代のエチオピアにも深く根差しています。

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