ソロモン朝

エチオピア帝国に君臨したソロモン朝は、伝説的な起源を持ち、1270年から1974年まで約7世紀にわたり存続しました。イクノ・アムラクによって再興されたこの王朝は、キリスト教を基盤とし、最後の皇帝ハイレ・セラシエ1世がエチオピア革命によって退位するまで、国家の中心を担いました。

歴史

伝説的な起源と王朝の再興

ソロモン朝の淵源は、エチオピアの国民叙事詩とされる『諸王の栄光』に描かれています。この伝説によれば、古代イスラエルのソロモン王とエチオピアのシバの女王との間に生まれたメネリク1世が、王朝の始祖とされています。この伝説上の王朝は10世紀頃まで続いたと語り継がれていますが、その後、ザグウェ朝に王位が奪われたとされています。

しかし1270年、イクノ・アムラクが現れ、自身がメネリク1世の末裔であると主張してザグウェ朝を打倒しました。この出来事は、血統的にはかつてのアクスム王国の伝統を受け継ぎ、また伝説上のソロモン朝を「復活」させたものと見なされています。イクノ・アムラクは、敬虔なキリスト教徒として知られるタクラ・ハイマーノトに領地の三分の一を寄進し、王都をそれまでのロハから中部のショア地方へ移すなど、新たな統治体制を築きました。

外部勢力とのせめぎ合い

10世紀頃から、アデン湾とエチオピア高原を結ぶ交易路を通じてムスリム商人がソロモン朝の領内に往来するようになります。14世紀前半、アムダ・セヨンの治世下で版図を拡大したソロモン朝は、ムスリム勢力との間に激しい攻防を繰り広げることとなります。特に、ダウィト1世（在位 1382年頃 - 1411年頃）の時代には、南東部のイファト・スルタン国と紅海沿岸の交易権を巡って対立が深まりました。ダウィト1世は度重なる遠征を行い、イファト・スルタン国の指導者サイド・アド・ディン2世をソマリア方面に追いやった末、1402年に殺害しました。イスラーム勢力に勝利を収めたダウィト1世でしたが、その後も争いは続き、テオドロス1世やイシャクといった後継の皇帝たちもイスラーム勢力によって命を落としています。

ダウィト1世の孫にあたるザラ・ヤコブ（在位 1434年 - 1468年）の治世下でも、イスラーム勢力の侵攻は続きました。ヤコブはヨーロッパからの火器獲得を目指しましたが、エジプト（マムルーク朝）がこれを妨害したため、紅海沿岸で直接ヨーロッパ人との交易を図りました。イスラーム勢力「アデル」のスルタンであったアフメド・バドレイは、1445年のダワロの戦いで敗北するまでソロモン朝と戦い続けました。この戦いの後、アデルはソロモン朝に重税を課されることと引き換えに、スルタンによる支配を継続することを認められました。ザラ・ヤコブの息子バエダ・マリアム1世（在位 1468年 - 1478年）の時代は、エジプトのマムルーク朝との関係を平和的に保ち、比較的安定していました。

15世紀にソロモン朝は最大版図を実現しましたが、16世紀に入ると大きな危機に直面します。イスラーム改革を掲げるアフマド・イブン・イブリヒム・アル＝ガジー（通称アフマド・グラニ）率いる大軍勢がジハードを展開し、キリスト教勢力を圧倒しました。彼は領内の教会や修道院を破壊し、キリスト教徒に改宗を迫りましたが、大航海時代にエチオピアに滞在していたポルトガル人の軍事支援を得て、アフマド・グラニを戦死させることに成功し、滅亡を免れました。しかし、16世紀後半にはクシ系民族であるオロモ人の侵攻が始まり、ソロモン朝を含む両勢力は共に弱体化しました。その結果、ソロモン朝はエチオピア高原南部の広大な領土を失い、版図はかつての半分にまで縮小しました。

ゴンダール期の始まりと王権の衰退

16世紀後半から17世紀初頭のオロモ人侵攻による混乱期（プレ・ゴンダール期、1540年 - 1632年）を経て、帝国は再建の道を模索します。この時期には、かつて帝国軍の中核を担った王直属の地方駐屯部隊「チャワ」が機能不全に陥り、崩壊しました。続くファシラダス（在位 1632年 - 1667年）は、戦乱の被害が比較的少なかったゴンダールに遷都し、この地を拠点とするゴンダール期（1632年 - 1769年）が始まりました。ゴンダール期の初期には、イヤス1世（在位 1682年 - 1706年）が主導して帝国の再建を進め、オロモ人によって失われた領土の一部を回復する国力を回復させました。しかし、この頃から王朝の中央集権的な権力は次第に弱まり、地方の州統治者の権力が増大する傾向が見られます。イヤス1世が1706年に暗殺されると、続く約15年間は皇帝の暗殺や政争が頻発するなど、政情は不安定化しました。バカッファ（在位 1721年 - 1730年）は一時的に王権の立て直しに成功しましたが、2代後のイヨアス1世（在位 1755年 - 1769年）の治世末期には州統治者間の争いが再び激化し、イヨアス1世はティグレの有力者ミカエル＝ゼフルによって暗殺されました。これにより、ソロモン朝の権威はさらに形骸化し、各地の有力者が割拠する「士師時代」（Zamana Masafent、1769年 - 1855年）へと突入します。

士師時代の内乱と再統一への動き

士師時代は、あたかもエチオピアにおける戦国時代のような様相を呈しました。ゴンダールには名目上の皇帝が置かれましたが、実質的な権力はなく、各地方では有力者が独自の勢力を築いて争いました。この時代の政治状況に関する同時代の史料は非常に少なく、スコットランドの旅行家ジェームズ・ブルースの探検記が貴重な情報源となっています。内乱は主にアムハラ・ショアとティグレ・ゴジャムの間で起こり、皇帝イヨアス1世を暗殺したティグレのミカエル・ゼフルが一時的に実権を握り、名目上の皇帝を擁立しました。

ミカエル・ゼフルの死後、ウォロ出身のムスリムであるアリ・グラングラが台頭し、ヤジュ朝を創始しました。彼はテクレ・ギヨルギス1世を皇帝として擁立し、自身はヤジュ朝の支配者として実権を握りました。ヤジュ朝の支配者の中には、キリスト教徒が多いゴンダール周辺の支持を得るため、イスラーム教からキリスト教に改宗する者もいました。

士師時代は、カッサ・ハイル（後のテオドロス2世）の登場によって終焉を迎えます。彼はソロモン朝の正当な血筋を引くと信じられ、ヤジュ朝の実力者であったアリ2世の母メネンとの対立を経て力を蓄えました。メネンに追放されるも、ゲリラ活動（シフタ）を通じて農民の支持を得て、故郷クワラの支配者となり、最終的にメネンを破って領地を獲得します。カッサ・ハイルは次々とライバルを打ち破り、1853年のアイシャルの戦いでアリ2世を破りました。この戦いをもって、ヤジュ朝からの権力奪還と士師時代の終焉が象徴されたとされています。カッサ・ハイルは残る地方の有力者も征服し、エチオピアの統一を達成しました。

近代化と最後の皇帝

1855年、統一を果たしたカッサ・ハイルはテオドロス2世として皇帝に即位しました。彼はかつてイスラーム勢力を打ち破ったとされるテオドロス1世を範とし、中央集権化と近代化を目指しました。イギリスから技術者を招いて武器製造を試みるなどしましたが、イギリスとの対立を深め、1868年にはイギリス遠征軍によって処刑されました。

テオドロス2世の死後、後継者争いを経て1872年にヨハネス4世が即位します。ショアの首長サーレ・マリアム（後のメネリク2世）との対立がありましたが、両家の婚姻によって解消されました。ヨハネス4世は1870年代にエジプトの侵攻を撃退するなど、外部からの脅威にも対応しました。

1889年に皇帝となったメネリク2世は、新たに建設されたアディスアベバを首都と定めました。彼はイタリアとのウッチャリ条約を通じて国家の統一を図りましたが、エリトリアの支配権を失う結果となりました。1896年、これを機に植民地拡大を図るイタリアがエチオピアに侵攻すると、メネリク2世はアドワの戦いでこれを破り（第一次エチオピア戦争）、アディスアベバ条約によって国家の独立を守り抜きました。また、ソマリア領であったオガデン地方を併合するなど版図を拡大し、彼の治世下で現在のエチオピアとほぼ同等の領土が確立されました。

20世紀に入り、1930年にメネリク2世の親戚にあたるハイレ・セラシエ1世が皇帝に即位します。1935年にはベニート・ムッソリーニ率いるイタリアが再びエチオピアに侵攻し（第二次エチオピア戦争）、全土を支配しました。ハイレ・セラシエ1世はイギリスに亡命しましたが、1941年にイギリス軍と共に祖国を解放し、独立を回復しました。彼は1955年に新たな帝国憲法を公布し、皇帝権力の強化を図ります。しかし、1960年にはクーデター未遂が発生するなど、政情不安の兆候が顕在化しました。

そして1974年 1月、急進的な近代化政策などへの反発からエチオピア革命が勃発。同年9月のクーデターにより、ハイレ・セラシエ1世は退位させられ、逮捕、翌年死去しました。これにより、約3000年続いたとされるエチオピアの王政は幕を閉じ、国は社会主義体制へと移行しました。

文化

言語と信仰

ソロモン朝では、日常会話にはアムハラ語が使われましたが、かつてアクスム王国の公用語であったゲエズ語は引き続き典礼や文書に用いられる文語として重要な役割を果たしました。特に14世紀以降、ゲエズ語による聖書をはじめとするキリスト教関連の文献が数多く著されています。

王朝の信仰の中心は、単性論派に属するエチオピア正教会でした。4世紀以降に広まった正教会は、ムスリム勢力の圧迫に晒されながらも、1270年のソロモン朝再興とともに再び活力を得ました。15世紀頃には教会が大地主として国政に強い影響力を持つようになります。16世紀以降は、ポルトガルからの軍事支援と引き換えにカトリックとの教会合同が図られ、17世紀前半にはイエズス会士が精力的に活動しました。皇帝スセニョス1世がカトリックに改宗する出来事もありましたが、武力を背景とした布教への反発が強く、1632年にイエズス会士は追放され、エチオピア正教会が再び優勢となりました。

また、中世ヨーロッパで伝説的に語られたキリスト教の擁護者「プレスター・ジョン」は、エチオピアと結びつけられるようになり、14世紀以降、ソロモン朝こそがその「プレスター・ジョンの国」であると広く信じられるようになりました。ソロモン朝の皇帝として、ダウィト1世がヨーロッパ人に初めてプレスター・ジョンと認識されたと記録されています。

農業と食習慣

ソロモン朝時代の農業や食文化に関する情報は、主に16世紀から17世紀にかけて滞在したイエズス会宣教師たちの記録に依るところが大きいです。マニュエル・デ・アルメイダの記述によれば、当時の主要な栽培作物として、エチオピア独自のテフ、モロコシ、シコクビエ、小麦、大麦といった穀類に加え、豆類や油料作物（ヌグ）、様々な野菜や果樹が挙げられています。彼は標高による栽培作物の違いや、テフが現地で非常に高く評価されていたことを伝えています。食料生産は概して豊かでしたが、兵士による略奪や交通インフラの未整備により、食料不足に陥る地域も存在しました。当時の農業技術については、牛に簡素な軛をつけるだけの原始的な犂が用いられていたという記録も残っています。

バショウ科の植物であるエンセーテも重要な作物でした。これは主に南西部で栽培され、デンプン質の根茎や偽茎が食用とされました。16世紀のサルツァ・デンゲル帝の年代記にもその存在が記されています。宣教師たちの記録によれば、エンセーテは煮たり粉にしたりして食べられ、特に粉にしたものは貯蔵され、「アパ」と呼ばれるパン状のものに加工されました。エンセーテを切る際には「悲痛なうめき声」が聞こえるとして「エンセーテを殺す」と呼ばれていた、というジェロニモ・ロボの興味深い記述もあります。エンセーテ栽培の歴史については、オロモ人あるいはダモト人のどちらが広めたかなど、現在も議論が続いています。

食文化については、ジェロニモ・ロボが言及した「アパ」（現在のインジェラに相当）が、今日の食文化との関連を示唆しています。また、当時の人々が牛肉を生で食べることを好んだという記録もあります。17世紀は新大陸原産の作物が世界中に広まった時期にあたり、宣教師の記録からもタバコやジャガイモといった作物がエチオピアで栽培されていたことが確認できます。ただし、現代のエチオピア料理の特徴である唐辛子の使用については当時の記録に乏しく、唐辛子が広く普及するのは宣教師が去った後の17世紀半ば以降と考えられています。

残された文書

ソロモン朝の年代記には、天地創造を紀元前5508年とする独自の暦が用いられることがしばしばありました。16世紀の教会聖職者バフレイが著した「ガッラの歴史」は、オロモ人の社会構造を詳細に分析し、彼らがアムハラ人を圧倒した理由を探求した貴重な文献です。この時代、歴史書は「善良なキリスト教徒」の歴史を描くべきであり、侵略者であるオロモ人について記述することは異例だと考えられていた背景が、この著作の冒頭部分から窺えます。同時期のサルツァ・デンゲル帝の年代記も北部エチオピアの歴史を知る上で重要な史料ですが、ゴンダール期以降の皇帝年代記は全てが現存しているわけではありません。

王朝が終焉を迎える1974年まで有効であったエチオピア帝国憲法には、伝説上のメネリク1世から最後の皇帝ハイレ・セラシエ1世まで続く血統が明記されており、伝説的な起源が史実として重視されていたことが分かります。

もう一度検索