シケリア遠征

シケリア遠征：アテナイ帝国の黄昏

紀元前415年から紀元前413年にかけて、アテナイはペロポネソス戦争中にシケリア遠征を敢行しました。この遠征は、アテナイの命運を大きく左右する転換点となりました。

遠征の背景

アテナイは、ペロポネソス戦争以前からシケリアとの関係を持っていました。シケリアの小都市国家は、強大なシュラクサイに対抗する勢力としてアテナイに期待を寄せていました。一方、アテナイにとってシュラクサイは、ペロポネソス同盟への穀物供給を脅かす存在であり、征服可能な都市でもありました。

紀元前427年、アテナイはレオンティノイからの救援依頼に応じ、艦隊を派遣。数年間、シュラクサイとその同盟都市と戦いましたが、決定的な成果は得られませんでした。紀元前424年には、ゲラ会議で「シケリア人のためのシケリア」を掲げた平和条約が締結され、アテナイ艦隊は撤退しました。

戦争の再燃とセゲスタの要請

紀元前421年、アテナイとスパルタはニキアスの和約を結びましたが、その条件は履行されず、両国の対立は依然として続いていました。紀元前418年には、アテナイとスパルタはマンティネイアの戦いで衝突。アテナイは、アルキビアデスの主導でペロポネソス半島に反スパルタ同盟を築こうとしましたが、失敗に終わりました。

ゲラ会議で実現した平和は長くは続かず、シュラクサイはレオンティノイの内紛に介入。紀元前420年代には、セゲスタがセリヌスからの攻撃を受け、アテナイに救援を要請しました。セゲスタは、アテナイ艦隊の費用を負担できるほどの資産があると訴え、アテナイを欺きました。

アテナイでの論争と遠征の決定

アテナイでは、セゲスタからの要請を受けて民会が開かれ、介入の是非が議論されました。ニキアスは遠征に反対しましたが、アルキビアデスは遠征を主張しました。最終的に民会は遠征を決定し、ニキアス、アルキビアデス、ラマコスの3人が司令官に任命されました。

ニキアスは、遠征の規模を縮小しようとしましたが、民会は彼の予想に反して大規模な遠征を支持。100隻以上の艦隊と5,000人の重装歩兵が派遣されることになりました。

ヘルマの破壊とアルキビアデスの失脚

艦隊出航の前日、市中に置かれていたヘルマ（ヘルメースの胸像が乗った柱）が多数破壊される事件が発生。この事件は、遠征に対する悪い予兆とみなされ、政府転覆の企てであるとして深刻に捉えられました。アルキビアデスの政敵は、彼が事件に関与していると訴えましたが、彼は潔白を主張しました。

アルキビアデスは、艦隊と共にシケリアへ向かいましたが、到着前に解任され、裁判のために送還されることになりました。彼はイタリアで脱走し、スパルタへ亡命。アテナイにとって不利な情報を提供しました。

シュラクサイの反応と初期の戦闘

シケリアで最も裕福で強力な都市であるシュラクサイは、アテナイの遠征をセゲスタ支援のための小規模なものと考えていました。しかし、将軍ヘルモクラテスは、シケリアの他の都市やカルタゴからの支援を得ることを提案しました。アテナゴラスは、ヘルモクラテスらが市民を扇動していると非難しました。

アテナイ艦隊は、カタナに進軍しましたが、アルキビアデスの逮捕状が出ていることが判明。アテナイ軍はシュラクサイ郊外に上陸し、シュラクサイ軍と戦闘を行いました。アテナイ軍は勝利しましたが、シュラクサイ軍騎兵の活躍により、決定的な打撃を与えることはできませんでした。

スパルタの介入とアテナイの苦戦

ヘルモクラテスは、コリントスとスパルタに救援を要請。冬の間、アテナイは軍資金と騎兵をシケリアに送り、シュラクサイは城壁を強化しました。スパルタは、アルキビアデスの助言を受け、ギュリッポスを司令官とする援軍を派遣。紀元前414年春には、アテナイから騎兵と軍資金が送られてきましたが、シュラクサイもカマリナとの同盟を模索しました。

アテナイ軍は、エピポライ台地を占拠し、シュラクサイを封鎖しようとしましたが、シュラクサイも対塁壁を建設して対抗。ラマコスが戦死し、ニキアスが単独で指揮を執ることになりました。ギュリッポス率いるスパルタ軍が到着すると、アテナイ軍は苦戦を強いられ、攻城堡塁は役に立たなくなりました。

デモステネスの到着と撤退の決定

ニキアスは、アテナイに撤退か大規模な援軍を要請。アテナイは、デモステネスとエウリュメドン率いる増援軍を送ることを決定しました。しかし、スパルタはデケレアを要塞化し、アテナイを圧迫。ギュリッポスは、中立を保っていたシケリア都市をシュラクサイ側につけることに成功しました。

デモステネスが到着すると、アテナイ軍はエピポライ台地の対塁壁に夜襲をかけましたが、スパルタ軍に撃退されました。デモステネスは撤退を主張しましたが、ニキアスは反対。しかし、ペロポネソス同盟の援軍が到着すると、ニキアスも撤退に同意しました。

アテナイ軍の敗北と遠征の終焉

アテナイ軍が撤退の準備をしていたところ、月食が発生。ニキアスは神官の助言に従い、出帆を延期しました。シュラクサイは、この機会を利用してアテナイ艦隊を攻撃し、エウリュメドンが戦死。アテナイ艦隊は湾に閉じ込められ、陸路での脱出を余儀なくされました。

アテナイ軍は、シュラクサイ軍の追撃を受けながら脱出を試みましたが、デモステネスとニキアスはそれぞれ降伏。捕虜となった7,000人は、石切り場に送られ、劣悪な環境で死亡していきました。ごくわずかな生存者のみがアテナイにたどり着き、悲劇を伝えました。

遠征の帰結とアテナイの衰退

シケリア遠征の失敗は、アテナイに深刻な影響を与えました。200隻の軍船と数万人の市民が失われ、ギリシア本土での敵対勢力やペルシア帝国が行動を開始。エーゲ海でも反乱が発生しました。この敗北は、ペロポネソス戦争の転換点となり、アテナイは衰退の一途を辿ることになりました。

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