シービスケット

シービスケット：不屈の魂と奇跡の物語

シービスケット（1933年5月23日 - 1947年5月17日）は、アメリカ合衆国が生んだ伝説的なサラブレッド競走馬です。1930年代、世界恐慌の影が深く漂うアメリカで、その華麗なる競走生活は人々の心を捉え、希望の象徴となりました。容姿の劣る駄馬から、数々の偉業を成し遂げたアイドルホースへの変貌劇は、奇跡としか言いようがありません。

困難な始まり：容姿と能力

1933年、シービスケットはウィートリーステーブルで誕生しました。父はハードタック、母は未出走馬のスウィングオンという血統です。しかし、シービスケットは父とは似ても似つかぬ容姿でした。毛並みは悪く、尾は短く、脚はずんぐりとしており、膝には瘤のような膨らみがありました。その体格は小さく、競走馬としては期待薄と見られていました。牧場の関係者からは、歩く姿さえも「脚が悪いように見える」と評され、走る姿は「泡立て器のような足並み」と揶揄されたほどです。

加えて、歩様にも問題がありました。大股で歩くため脚への負担が大きく、前脚を後脚で蹴る悪癖もありました。しかし、気性はおとなしく、よく眠り、食欲旺盛という良い面もありました。この旺盛な食欲は、後の体重管理に苦労する原因ともなりましたが、一方で、人懐っこい性格は周囲の人々を魅了しました。

下積み時代：才能開花への道

2歳（1935年）のシービスケットは、アケダクト競馬場のフィッツシモンズ厩舎に預けられます。のんびりとした性格からフィッツシモンズには「大きな犬」と思われましたが、やがてフィッツシモンズは、シービスケットが才能を隠して怠けていることに気づきます。「歌える鳥が、仕向けられない限り歌わない」ように、シービスケットは能力を秘めていたのです。

フィッツシモンズは、併せ馬でシービスケットの潜在能力を引き出します。鞭を使うという、当時の調教方針に反する手法でしたが、シービスケットの怠け癖を克服するため、実験的に鞭を使用しました。その結果、シービスケットは隠された才能を開花させ、他の馬を圧倒する速さをみせました。

しかし、2歳時は35戦も出走する過酷なローテーションを経験し、5勝という結果に終わりました。この経験は、その後の成長の礎となる一方で、競走への嫌悪感を植え付けることにもなりました。

再生：新たな出会い

3歳（1936年）になると、フィッツシモンズ厩舎は、他の有望馬に重点を置くようになり、シービスケットは再び顧みられなくなります。そんなシービスケットに目をつけたのが、西部の自動車王チャールズ・スチュワート・ハワードとその妻マーセラでした。ハワード夫妻は、トム・スミスという調教師を雇っており、スミスはシービスケットの潜在能力を見抜きます。

幾多の困難を乗り越え、シービスケットはハワード夫妻に買い取られます。スミスは、シービスケットの精神的・肉体的ストレスを軽減するために、様々な工夫を凝らします。同居馬のパンプキンとの共同生活、傷ついた脚への湿布とバンデージ、栄養管理の徹底、そしてシービスケットのペースに合わせた調教などです。

また、カナダ出身の騎手ジョン・ポラード（レッド・ポラード）はシービスケットと特別な絆を築き、その才能を最大限に引き出しました。ポラードは、シービスケットに鞭を極力使わないという独自の騎乗スタイルを確立しました。

飛躍と栄光：数々の勝利

スミスとポラードの指導の下、シービスケットは次々と勝利を収めていきます。ガヴァナーズハンデキャップでの初勝利、スカーズデイルハンデキャップでの鮮やかな逆転劇など、その活躍は西海岸へと広がっていきました。ベイブリッジハンデキャップ、ワールズフェアハンデキャップでの圧勝は、シービスケットの名声を確固たるものにしました。

そして、サンタアニタハンデキャップ。ハワードの悲願であり、シービスケット陣営最大の目標でした。しかし、シービスケットはローズモントに惜しくもハナ差で敗れます。この敗因は、ブリンカーのせいで後方の馬が見えなかったこと、そしてポラードの視力障害が原因でした。

この敗北を糧に、シービスケットはさらに強くなります。サンフアンカピストラーノハンデキャップ、マーチバンクハンデキャップなど、数々の勝利を重ね、東海岸でもその名を轟かせました。ブルックリンハンデキャップでの勝利は、東海岸の競馬関係者たちの見方を一変させました。

世紀の対決：ウォーアドミラルとの戦い

当時の最強馬、三冠馬ウォーアドミラルとのマッチレースは、競馬ファンの間で熱望されていました。しかし、ウォーアドミラルの馬主リドルは、この対決を拒否し続けました。様々な障害を乗り越え、ついにピムリコ競馬場で実現した世紀の対決。シービスケットはウォーアドミラルを4馬身差で破り、その名を不動のものとしました。

受難と復活：そして引退

その後もシービスケットは活躍を続けましたが、調教中の事故で左前肢を負傷し、長期離脱を余儀なくされます。しかし、シービスケットは驚異的な回復力を見せ、サンタアニタハンデキャップに復帰。見事優勝し、サンボウの獲得賞金記録を更新しました。

この勝利の後、シービスケットは引退しました。種牡馬として7年間で108頭の産駒を残し、その中にはステークス競走勝ち馬もいました。

1947年5月17日、シービスケットは心臓発作で亡くなりました。その生涯は、まさに伝説として語り継がれるべきものです。シービスケットの物語は、不屈の精神、努力の大切さ、そして人々の絆の素晴らしさを教えてくれます。その功績は、アメリカ競馬名誉の殿堂博物館への殿堂入り、ブラッド・ホース誌の20世紀のアメリカ名馬100選25位という評価に表れています。シービスケットの物語は、多くの書籍や映画にもなっており、現代においても人々に感動を与え続けています。

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