ジェームス・ブラック

ジェームス・ワイト・ブラック

ジェームス・ワイト・ブラック卿（Sir James Whyte Black, 1924年6月14日 - 2010年3月22日）は、スコットランドを代表する薬理学者です。医薬品開発における革新的な功績により、現代医学に計り知れない影響を与えました。晩年にはダンディー大学の総長も務めています。

主要な業績

ブラック卿の最も特筆すべき業績は、二つの画期的な薬剤の開発です。一つ目は、英国の化学・製薬会社ICI（インペリアル・ケミカル・インダストリーズ）在籍中に発明したプロプラノロールです。この薬剤は、心臓の働きを調整する交感神経系のベータ受容体を選択的にブロックする性質を持っています。プロプラノロールの登場は、それまで治療が困難であった狭心症や高血圧、不整脈といった様々な心血管疾患の治療法に抜本的な変化をもたらしました。特に狭心症の治療においては革命的と称され、20世紀の臨床医学および薬理学における最も重要な貢献の一つとして広く認識されています。

二つ目は、英国のスミスクライン&フレンチ・ラボラトリーズ（現グラクソ・スミスクライン）にて開発を成功させたシメチジンです。この薬剤は、胃酸の分泌を促進するヒスタミンが結合するH2受容体を特異的に遮断することで、過剰な胃酸分泌を強力に抑制します。シメチジンは、当時一般的な治療法が限られていた胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療に劇的な改善をもたらし、多くの患者を苦しみから解放しました。また、シメチジンの開発プロセスは、特定の生体内の「標的分子」を定めて、その分子に選択的に作用する低分子化合物を見つけ出すという、現在の医薬品研究開発における主流である「標的指向型創薬」の概念を確立する上で、極めて先駆的な役割を果たしました。

これらの二つの薬剤、プロプラノロールとシメチジンの開発における傑出した功績が国際的に高く評価され、ブラック卿は1988年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

経歴と栄誉

ブラック卿は、スコットランドのファイフ州にあるビース高等学校を卒業後、セント・アンドルーズ大学で医学を学びました。卒業後は、マレーシアのマラヤ大学やグラスゴー大学獣医学校で教鞭を執り、その後ロンドンに移り、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンおよびキングス・カレッジ・ロンドンで薬理学の教授として研究と教育に貢献しました。

その卓越した学術的・社会的な貢献に対し、数々の栄誉が与えられています。

1976年 王立協会フェローに選出
1981年 ナイト・バチェラーに叙せられ、「卿（Sir）」の称号を得る
2000年 エリザベス2世女王よりメリット勲章を授与される。メリット勲章は、科学、芸術、文化などの分野で顕著な貢献をした人物に贈られる権威ある勲章であり、イギリス王室が直接授与する栄典の中でも特に名誉あるものの一つとされています（受章者は最大24名に限定されます）。

また、ノーベル賞以外にも、多くの国際的な賞を受賞しています。

1976年 ラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞
1979年 ガードナー国際賞
1982年 ウルフ賞医学部門
1983年 シェーレ賞
2004年 ロイヤル・メダル

研究への貢献と影響

ブラック卿は、医師としての臨床経験と基礎科学者としての深い洞察を融合させ、特に心臓病分野における基礎的知識と臨床応用の両面に多大な貢献をしました。彼の研究は、単に新しい薬を発見するだけでなく、生体機能のメカニズム、特にアドレナリンの薬効薬理や心臓の複雑な働きを分子レベルで理解することに基づいています。このアプローチは、彼の研究活動の大きな強みであり、現代薬理学の研究手法に大きな影響を与えました。

ジェームス・ワイト・ブラック卿の生涯は、好奇心に基づいた基礎研究と、患者の苦しみを和らげることを目指した応用研究が見事に結びついた例であり、その功績は今後も長く記憶されるでしょう。

もう一度検索