ジェームズ・ロバート・キーン

ジェームズ・ロバート・キーン：ウォール街の帝王と競馬界の巨人

ジェームズ・ロバート・キーン (1838年-1913年) は、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカ競馬界に大きな影響を与えた、イギリス出身の実業家です。ウォール街で株式仲買業を行い巨万の富を築き上げた彼は、同時に卓越した馬主、オーナーブリーダーとして、数々の名馬を所有・生産し、アメリカ競馬史に名を刻みました。

波瀾万丈の生涯：鉱山からウォール街、そして競馬へ

ロンドンに生まれたキーンは14歳でアメリカに移住。カリフォルニア州やネバダ州の鉱山開発への投資で巨額の財を成し、サンフランシスコ証券取引所の所長に就任するほどの実力者となりました。その後、より大きなビジネスチャンスを求めニューヨークへ移住すると、競馬の魅力にとりつかれ、本格的に馬主としての道を歩み始めます。

1879年、所有馬スペンドスリフトがベルモントステークスを制覇したのを皮切りに、キーンはアメリカ、そしてヨーロッパの競馬界で数々の成功を収めます。1881年には、息子の名前にちなんだ競走馬フォックスホールがフランスのパリ大賞とイギリスのアスコットゴールドカップを制覇するという快挙を達成しました。

しかし、順風満帆だった彼のキャリアは、1884年の穀物先物取引における大損失によって暗転します。巨額の負債を抱え全てを失ったキーンでしたが、ウォール街の投資家ウィリアム・ハブメイヤーの支援を受け、持ち前の市場操作能力で復活。ジョン・モルガンやウィリアム・ロックフェラーといった巨頭たちの協力を得て、華麗なるカムバックを果たしました。

キャッスルトンスタッド：アメリカ競馬界の礎

1891年、キーンは競馬への投資を再開。ケンタッキー州レキシントンにキャッスルトンファームを購入し、大規模な牧場「キャッスルトンスタッド」を建設しました。イギリスから40頭以上の繁殖牝馬を導入し、名伯楽ジェームズ・ゴードン・ロウ・シニアを調教師として迎え入れ、競走馬生産に力を注ぎます。

キャッスルトンスタッドからは、数々の名馬が輩出されました。ベルモントステークス優勝馬を6頭、プリークネスステークス優勝馬を1頭所有し、その中にはアメリカ競馬殿堂入りを果たしたコマンド、ピーターパン、コリン、マスケットなどが含まれます。 さらに、イギリスでも成功を収め、息子フォックスホール・パーカー・キーンとともに生産した牝馬キャップアンドベルズは1901年のオークスステークスを制しました。

キーンは、ケンタッキーダービーには所有馬を出走させませんでしたが、それは輸送手段の未発達と馬の負担を考慮したものであり、ケンタッキーダービーへの関心がなかったわけではありません。1879年のケンタッキーダービー優勝馬ロードマーフィーをイギリスで競走させたというエピソードがそれを証明しています。

偉大な遺産と栄光：殿堂入りとその後

キーンの所有馬・生産馬は、1955年設立のアメリカ[[競馬名誉の殿堂博物館]]において、7頭もの殿堂入りを果たすという偉業を達成しています。彼の卓越した経営手腕と競馬への情熱は、後世の競馬界にも多大な影響を与えました。亡くなる直前までジョッキークラブの副議長を務めたことからも、その功績と競馬界からの信頼の高さが伺えます。

キーンの息子、フォックスホール・パーカー・キーンは、ポロ選手として1900年パリオリンピックで金メダルを獲得し、1938年にはスポーツ回顧録「Full Tilt」を出版。その中で、父キーンの生涯についても記されています。キーンの生涯は、成功と失敗を繰り返しながらも、常に挑戦を続け、アメリカ競馬界に不滅の足跡を残した、まさに「帝王」と呼ぶにふさわしいものでした。

主要な所有馬・生産馬

キーンは数多くの名馬を所有・生産しましたが、その中でも特に有名な馬を以下に挙げます。これらの馬は、アメリカ競馬史に大きな足跡を残し、多くはアメリカ競馬殿堂入りを果たしています。彼の卓越した選眼と、キャッスルトンスタッドでの緻密な繁殖計画が、これらの名馬を生み出したと言えるでしょう。

コマンド (Commando): ベルモントステークス優勝など
ピーターパン (Peter Pan I): ベルモントステークス優勝など、種牡馬としても大成功
コリン (Colin): 15戦15勝の無敗の記録
マスケット (Maskette): アラバマステークス優勝など
ドミノ (Domino): 25戦19勝の活躍
サイゾンビー (Sysonby): 15戦14勝の活躍
スペンドスリフト (Spendthrift): ベルモントステークス優勝、種牡馬としてアメリカリーディングサイアー2回獲得
フォックスホール (Foxhall): パリ大賞、アスコットゴールドカップ優勝
キングストン (Kingston): 138戦89勝の驚異的な成績
アサイニー (Assignee): プリークネスステークス優勝
キャップアンドベルズ (Cap and Bells): オークスステークス優勝
ブラックトニー (Black Tonny): 種牡馬として大成功

これらの馬たちは、キーンの卓越した馬主としての能力と、キャッスルトンスタッドという拠点がなければ、誕生しなかったでしょう。彼の功績は、単なる馬主の枠を超え、アメリカ競馬発展の歴史に深く刻まれています。

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