ジャワ組曲

概要

『ジャワ組曲（フォノラマ〜ピアノのための音紀行）』（Java Suite − Phonoramas, Tonal journeys for the Pianoforte）は、高名なピアニスト・作曲家であるレオポルド・ゴドフスキー（Leopold Godowsky, 1870-1938）が、1924年から1925年にかけて作曲した全12曲からなる大規模なピアノ組曲です。

この作品は、ゴドフスキーが1923年に当時オランダ領東インドであったジャワ島を旅行した際の印象や記憶に着想を得て生み出されました。彼の円熟期にあたる時期の作品であり、ゴドフスキー特有の極めてポリフォニックで高度な技巧を要求する書法と、ジャワ島を含むインドネシアの民族的な音楽要素が見事に融合した、ユニークかつ深みのある作品として知られています。

発表当時は演奏される機会が比較的少なかったものの、近年ではプロ、アマチュアを問わず多くのピアニストによって演奏されるようになり、その知名度や音楽的な評価は高まっています。

構成と演奏時間

この組曲は、スペインの作曲家アルベニスのピアノ組曲『イベリア』と同様に、3曲ずつをまとめて1巻として構成されており、全部で4巻、計12曲からなります。各曲の平均的な演奏時間は4分から5分程度で、全曲を続けて演奏するとおよそ50分から1時間ほどの演奏時間となります。

各曲詳細

各曲はジャワ島の特定の場所や文化、情景を描写しており、それぞれに固有の雰囲気と音楽的特徴を持っています。

第1巻

1. ガムラン（Gamelan）
組曲の幕開けを飾る曲です。まるで霧雨のように静かに始まり、次第に激しさを増していくガムランの響きを描写し、やがて再び静かに消え去るように終わります。アジア音楽に特徴的な五音音階が多用されています。

2. ワヤン・プルウォ（影絵人形劇）（Wayang-Purwa, Puppet Shadow Plays）
ワヤン・プルウォは、ジャワ島東部を起源とする古典的な影絵人形劇です。この曲は静かで東洋的な雰囲気を持ち、どこかフランス印象派の音楽を思わせるような繊細さも兼ね備えています。

3. 偉大な日（ハリ・ブザール）（Hari Besaar, The Great Day）
第1巻を締めくくる賑やかな祝祭を描いた曲です。同じ旋律が繰り返し現れながら、一定の活気あるリズムに乗って展開します。最後は左右交互の急速な連打によってクライマックスを迎え、低音の力強い和音で終結します。

第2巻

4. 聖湖ウェンデットのけたたましい猿たち（Chattering Monkeys at the Sacred Lake of Wendit）
東ジャワにあるウェンデット湖畔で戯れる猿たちの様子が描かれています。和音の連続的な打鍵が多く用いられ、猿たちの騒がしさが巧みに表現されています。組曲中で最も短い曲であり、演奏時間は約2分ほどです。ウェンデット湖はマジャパヒト王国時代に王室の浴場でした。

5. 月夜のボロブドゥール（Boro Budur in Moonlight）
世界最大の仏教寺院遺跡である中部ジャワのボロブドゥール寺院が、月明かりの下で神秘的に佇む情景を描写しています。調性は曖昧で、印象派風の響きが特徴的です。次の曲「夜明けのブロモ火山」との対比が際立っており、意図的な配置であると考えられます。

6. 夜明けのブロモ火山と砂の海（The Bromo Volcano and the Sand Sea at Daybreak）
組曲の前半部分を締めくくる、夜明けの情景を描いた壮大な作品です。左右の手による和音の跳躍が多用され、見た目にも華やかで高度な演奏技術が要求されます。ブロモ火山は東ジャワの活火山であり、「砂の海」はその広大なカルデラ地形を指すと考えられています。ウェンデット湖はブロモ山からの水によって満たされています。

第3巻

7. 3つの舞曲（3 Dances）
東洋的な雰囲気を帯びた3つの舞曲が続けて演奏されます。最初の舞曲は嬰ト短調によるやや陰鬱な雰囲気ですが、2曲目ではロ長調に転じて明るくなります。3曲目も明るく優雅な変イ長調の舞曲ですが、最後は次第に音量を落として消え入るように終わります。

8. ボイテンゾルグの植物園（The Gardens of Buitenzorg）
ゴドフスキーの作品の中でも特に美しい音楽の一つと評される、穏やかで甘美な印象派風の小品です。ボイテンゾルグは現在のボゴール市の旧名であり、曲名はおそらく長い歴史を持つボゴール植物園を指していると考えられます。この曲は、作曲者自身の演奏による録音が唯一現存しています。

9. 旧バタヴィア市街にて（In the Streets of Old Batavia）
インドネシアの首都ジャカルタのオランダ統治時代の名称であるバタヴィアの、賑わう旧市街の様子を描写しています。激しく動き回るパッセージが多く用いられており、組曲中で最も演奏が困難な曲の一つとされています。中間部では短調に転じ、哀愁を帯びた雰囲気を醸し出しますが、再現部で再び活気を取り戻し、華やかに終結します。

第4巻

10. クラトンにて（In the Kraton）
クラトンとはジャワ語で宮殿を意味し、この曲ではおそらく中部ジャワのジョクジャカルタにある王宮を指していると考えられます。哀愁漂う夕暮れの情景を描いており、遠くから聞こえてくるガムランの音が次第に高まり、また静まる様子が表現されています。変奏曲に近い形式をとり、組曲中で最も長く、演奏時間は約7分程度です。

11. ジョクジャカルタの水の宮殿跡（The Ruined Water Castle at Djokja）
ジョクジャカルタのクラトンの離宮であったタマン・サリ（水の宮殿）の遺跡を描いた作品です。水の描写が巧みで、フランスの作曲家ラヴェルの作品『水の戯れ』にも通じる雰囲気を持っています。

12. ソロの宮廷行列（A Court Pageant in Solo）
組曲全体の終曲を飾る、行進曲風の陽気で華やかな作品です。ソロは中部ジャワのスラカルタの古称で、ジョグジャカルタ王家の本家にあたる宮廷所在地です。五音音階によるユニゾンで始まり、哀愁を帯びた中間部を経て、再現部ではさらに豪華絢爛さを増し、圧倒的なクライマックスを迎えて組曲を締めくくります。

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